荀彧が伴ってきたのは張毅という(はく)(ぜん)の老人以下、十名の男たちだった。若い者もいたが、みな頬は()け、眼は落ち窪み、やせ細ってはいた。しかし、眼光だけは鋭かった。この十名は信徒を取りまとめる長老たちだという。

 張毅が主張する降伏の条件は、曹操が中黄太乙(黄巾の神)の信仰を認める事、それだけだった。その為なら五万の兵を差し出すという。長老たちは死を覚悟していた。ここにいる全員、首を差し出す、とまで言った。

 長老たちのそのまっすぐな眼差しが、曹操の心を動かした。

 曹操は誰も罰せず、中黄太乙の信仰を認める。そして曹操軍と戦った兵は青州兵として曹操軍に組み込み、従ってきた百万の民には、兗州に住む土地と農地を与え、その生活の安全を保障する、という提案をした。その掛かりは莫大なものだが、構わなかった。

 長老たちは皆、言葉を失った。

 証。曹操はおもむろに、腰に佩いていた剣を抜き放つと一閃した。曹操の軍袍が引き裂かれ、胸から血が噴き出した。そばにいた兵が、驚いて巾を丸めて曹操の胸に押し当てた。巾は見る間に赤く染まっていった。曹操は、ずっと張毅と長老たちの目を見つめ続けた。

 しばらくして張毅が曹操に跪き平伏し、他の長老たちも張毅に倣った。

 曹操はその行為をもって、講和の成立とした。約款などは(したため)めない。これは、この曹孟徳と青州黄巾党との血と命の約定である。曹操がそう言うと、平伏した張毅の手に、雫が滴った。

 翌日、兗州へ帰還の準備をしていると、伝令が飛び込んできた。張毅以下十名の長老たちが、みな自ら命を絶ったのだという。曹操が慌てて張毅のもとへ駆けると、長老たちは車座となり、それぞれ隣の者の胸を短刀で突き刺し、絶命していた。なぜだ、という想いが曹操の胸を駆け巡った。命の安寧のための講和だったはずだ。その穏やかな死に顔の訳が、曹操にはどうしても理解できなかった。

 そばにいた荀彧が、一言だけ発した。彼らは、青州黄巾党の安寧に殉じたのだと。