怠惰は死罪、それが掟だった。当然である。兵だからだ。兵が死力を尽くし敵を殺し、味方を勝利に導き、恩賞を得る。施政者がそれを利用し覇を競う。それが、中華が古来より血で編んできた歴史といえる。そしてこれは、今後の歴史においても変わらない価値観としてあるはずだ。
歩兵一万の調練である。五千二隊に分かれ、原野でぶつかり合う。模擬戦ともいえないような、この単純極まりない調練が、彼らにとっては異次元の世界の出来事かのように、映っているのである。
太鼓の合図で進軍、その音の間隔で速足、駆け足へと替えていく。得物は調練用の棒。頭を打つことは禁じ、筒袖鎧を打つことだけを許可している。これは徴兵された新兵が最初に受ける実戦のための訓練と同じだ。
太鼓が打たれた。兵たちがゆっくりと動き出す。太鼓の間隔が短くなり、徐々に兵たちの歩調が速くなった。
ここまではよかった。
我彼の距離が詰まるにつれ、感情が抑えきれなくなったのか、一部の兵が暴走をはじめ、周りの兵がそれにつられる形で暴れ出した。一万の歩兵は統率が取れなくなり、その光景はただの乱闘で、村同士の諍いのようだった。指揮官の怒号はもう届かない。
「まるで素人の喧嘩ですな。戦では何の役にも立ちますまい。殿がなぜあのような兵に肩を入れるのか、幕僚たちでさえ首を傾げております」
夏侯惇だった。才を買い信頼していた陳宮が造反し、呂布を担ぎ上げて兗州で反乱を起こした。夏侯惇は渦中の濮陽から脱する際、呂布に捕らえられた。縛から逃れるため死闘を繰り広げた時、その左目に矢を受け失ったという。しかし、曹操は夏侯惇の左目について触れることはなかった。顔を赤く染めて合流してきた夏侯惇に、曹操は次の命令を短く伝えただけだった。
夏侯惇のひとつになった視線が、曹操に執拗に絡んできた。
青州兵。眼下の稚拙な訓練を繰り広げた新兵。元は黄巾賊だった者達だ。その一万人が兵士として曹操軍に加わり、付随して百万もの民が、兗州の民となった。それは曹操に、無限の力を与え、そして無限の苦しみも与えた。
「約定だ。惇」
曹操は鉦を打たせた。調練終了の合図である。一部の兵は鉦の音で退き始めたが、暴れている兵に鐘の音は聞こえない。激情が場を支配している。それが収まるまで、まだ時を要するだろう。曹操はそう思った。夏侯惇が、あきれた様子で兵を見下ろしていた。