東京瘋癲酔人日記 -20ページ目

東京瘋癲酔人日記

夜の街で飲み歩く、私、安吾の日記。

キャバクラ、BAR、居酒屋などで見かけた様々な事柄を綴りながら、自作の小説も発表しています。

 新宿MAX に四ヶ月ぶりに行く。

 この店、ショーメンだった前の指名嬢がやめて以来、指名嬢ができない。古くから知っているキャストが女衒のごとくいろいろ紹介してくれるのだが、なかなかツボに入らず、その分、脚が遠のいていた。
 女衒その1、その2を場内するが、友人と急に決めて入店したせいで、事前に出勤を確認しておらず、空振り不在。しかたなく、ラッキーに身を任せる。ボトルも挿入しているせいか、良く回る。1.5セットで、6人回り、そのうち3人を気に入る。特徴を書くとばれるので書かないが、一人はショーメン、一人はショーメンではないがレギュラー出勤、もう一人は学生バイトと三人三様のポジションである。性格やルックスも、三様であり、それぞれ魅力的だ。
 こうなると三人とも捨てがたい。かといって3本立てるほど財布が膨らんでいるわけではなく、どの子かに決めなくてはならない。メールのリアクションも同じくらいで、入店以来、ステディに続いており、やっぱり魅力的な内容である。
 「片思いが華」という言葉があるが、まさに、この悩んでいる状況が非常に楽しい。いざ、指名を決めてしまうと、指名が終了するまでが見えてしまう気がするのだ。これでは何のためにキャバクラに行っているかわからない、、、でも、この「ふらふらあやふや」な感じを楽しんでいたい。
 こういった場合、次回の入店時は、二つのパターンに分かれる。もうしばらくメールのやりとりをして、一人に決め、初指名が同伴というパターンである。もう一つは、もう一回フリーで入り、三人場内して、その状況から決めるという悪趣味なパターンである。
 どちらのパターンで指名を一人選んでも、残りの二人には、「なぜ彼女を指名して、君を指名しなかったのか」という説明というか、意思表示をしなければならない。これがつらい、、、
 
 三人ともなんとかならないだろうか、、、年を取ると子供に帰ってわがままになる。
 、、、と下手ないいわけ、自己弁護だな。
169f6a6b.jpg 仕事で代々木にいる。この予備校生の中の何人かは、「サクラサク」を経て、4月からキャンパスを闊歩し、キャストデビューするはずである。
「平成生まれと想いを遂げるまではがんばろう」と思うオヤジである。
目標のある人生は、素晴らしい、、、と年が明けても、相変わらずアホな私だ。
 はじまりのこと で書いたが、私は吉行淳之介のファンである。

 吉行先生の作った格言に「モモ膝三年、尻八年」というものがある。これは、酒場で嫌みにならずに女性を触れるようになるには、モモ膝なら三年、尻に至っては八年かかるということである。当然「触るにあたり、手首のスナップを鍛えるのにモモ膝なら三年かかる」ということではなく、もっと精神的なものである。先生はこう書いている「この道は厳しい。掌が相手を意識しすぎてもいけないし、しなさすぎてもいけない。(『へたな飲み方』より引用)」。
 キャバクラにおける「ココロの動き方」というは、非常におもしろく、平常心でいることというのは難しい。これも先生が書いていたのを、うろ覚えで記すと(「引用文献ぐらい、ちゃんと探せ」とお叱りの声が聞こえる)「最初は、酒場に入るだけで、うきうきして楽しい。その時期を過ぎるといろいろ裏側が見えてきて、わかったような気持ちになる。この時期が一番あぶない時期である。そのあとは、退屈だが足を運ぶようになり、この時期が一番もてる。もてることを意識すると、とたんにもてなくなる」。
 キャバクラに通い出したころというのは、とにかく楽しいものだ。かわいい子がお酒をつくってくれ、煙草に火を付け、連絡先まで教えてくれる。楽しくないはずはない。この時期に色恋など仕掛けられると、一発である。色恋を仕掛けられ、つらい思いをして、よく観察するようになると、いろいろ裏側が見えてくる。キャバクラ自体のシステム(例えば、女子給、男子給の決まり方など)や「あのキャストは、風紀だ」など、その店の人間関係までわかるようになってくる。「自分は飲み歩いている。キャバクラをよく知っている」と吹聴したくなり、「キャバレンジャーだぁ」などとキャストに言われて喜んだりしている。この時期は、キャバクラ自体を知っていることにつけ込まれて「力貸してよ」と言われ、男気を魅せて店に行ったり、「友営歓迎!」などと自ら言って、手を出すチャンスを自分でつぶしたりして、いいように店側や賢いキャストから使われるのだ。だからあぶない時期と言える。
 こういう風に「高見に立ったものいい」をしているが、すべて私も通ってきた道であり、先生風にいえば「きゃっと叫んでロクロ首になる」思いをたくさんしてきた。
 ちなみに今の私は、初めての店に入ったときは「生まれて初めてキャバクラに来ました」ということにしている。また、キープボトルがある店で、それを見ずに「よく飲みに来られるのですか」「初めてですか」などいう頭の悪い発言をするキャストに対しては、「キャバクラって、お○んこ触れるんでしょ」などと言って、退治することにしている(私が、退治されるか)。
 これも先生が書いておられたが、「水割り」や「おしぼり」、つまり日常生活で使う言葉と同じ調子で「お○んこ」と言えるようになるにも修行がいる。今の私のテーマである。だから、よく飲んでいてお○んこということにしている。精進しているせいか、たまに同じ調子「お○んこ」と言えることがあるが、悟りの境地には達することがまだできていない。
 触ることについても、同様だ。相手との呼吸=「相手のキャラクターを理解し、自分のキャラクターを相手がどう理解しているか」をはかり、触る。最近は、二の腕を酒のつまみにしてつまむ以外、触ることも少ない。触るときは、呼吸が合っていることをふまえた上で、きっちりおっぱいを揉んだりする。これがいやがられない(自慢話だよ、いやだね)。いやがられないのは、相手のキャストが「おっぱいぐらい営業ツール」と割り切っているのかもしれないが、そうとはいいきれない時もある(自慢話の二乗だ。さみしいね)。

 さて、今夜も修行にでかけよう、、、


<追記>
 吉行淳之介は、自分を先生と呼ぶ人を嫌うことはわかっている。しかし、「とりあえず」や「媚びへつらって」で呼んでいるわけでなく、酒場については、吉行淳之介のエッセイは教科書であり、先生なのである。
 吉行淳之介については、次のHPをご参照ください。
 とにかく吉行淳之介