はじまりのこと
で書いたが、私は吉行淳之介のファンである。
吉行先生の作った格言に「モモ膝三年、尻八年」というものがある。これは、酒場で嫌みにならずに女性を触れるようになるには、モモ膝なら三年、尻に至っては八年かかるということである。当然「触るにあたり、手首のスナップを鍛えるのにモモ膝なら三年かかる」ということではなく、もっと精神的なものである。先生はこう書いている「この道は厳しい。掌が相手を意識しすぎてもいけないし、しなさすぎてもいけない。(『へたな飲み方』より引用)」。
キャバクラにおける「ココロの動き方」というは、非常におもしろく、平常心でいることというのは難しい。これも先生が書いていたのを、うろ覚えで記すと(「引用文献ぐらい、ちゃんと探せ」とお叱りの声が聞こえる)「最初は、酒場に入るだけで、うきうきして楽しい。その時期を過ぎるといろいろ裏側が見えてきて、わかったような気持ちになる。この時期が一番あぶない時期である。そのあとは、退屈だが足を運ぶようになり、この時期が一番もてる。もてることを意識すると、とたんにもてなくなる」。
キャバクラに通い出したころというのは、とにかく楽しいものだ。かわいい子がお酒をつくってくれ、煙草に火を付け、連絡先まで教えてくれる。楽しくないはずはない。この時期に色恋など仕掛けられると、一発である。色恋を仕掛けられ、つらい思いをして、よく観察するようになると、いろいろ裏側が見えてくる。キャバクラ自体のシステム(例えば、女子給、男子給の決まり方など)や「あのキャストは、風紀だ」など、その店の人間関係までわかるようになってくる。「自分は飲み歩いている。キャバクラをよく知っている」と吹聴したくなり、「キャバレンジャーだぁ」などとキャストに言われて喜んだりしている。この時期は、キャバクラ自体を知っていることにつけ込まれて「力貸してよ」と言われ、男気を魅せて店に行ったり、「友営歓迎!」などと自ら言って、手を出すチャンスを自分でつぶしたりして、いいように店側や賢いキャストから使われるのだ。だからあぶない時期と言える。
こういう風に「高見に立ったものいい」をしているが、すべて私も通ってきた道であり、先生風にいえば「きゃっと叫んでロクロ首になる」思いをたくさんしてきた。
ちなみに今の私は、初めての店に入ったときは「生まれて初めてキャバクラに来ました」ということにしている。また、キープボトルがある店で、それを見ずに「よく飲みに来られるのですか」「初めてですか」などいう頭の悪い発言をするキャストに対しては、「キャバクラって、お○んこ触れるんでしょ」などと言って、退治することにしている(私が、退治されるか)。
これも先生が書いておられたが、「水割り」や「おしぼり」、つまり日常生活で使う言葉と同じ調子で「お○んこ」と言えるようになるにも修行がいる。今の私のテーマである。だから、よく飲んでいてお○んこということにしている。精進しているせいか、たまに同じ調子「お○んこ」と言えることがあるが、悟りの境地には達することがまだできていない。
触ることについても、同様だ。相手との呼吸=「相手のキャラクターを理解し、自分のキャラクターを相手がどう理解しているか」をはかり、触る。最近は、二の腕を酒のつまみにしてつまむ以外、触ることも少ない。触るときは、呼吸が合っていることをふまえた上で、きっちりおっぱいを揉んだりする。これがいやがられない(自慢話だよ、いやだね)。いやがられないのは、相手のキャストが「おっぱいぐらい営業ツール」と割り切っているのかもしれないが、そうとはいいきれない時もある(自慢話の二乗だ。さみしいね)。
さて、今夜も修行にでかけよう、、、
<追記>
吉行淳之介は、自分を先生と呼ぶ人を嫌うことはわかっている。しかし、「とりあえず」や「媚びへつらって」で呼んでいるわけでなく、酒場については、吉行淳之介のエッセイは教科書であり、先生なのである。
吉行淳之介については、次のHPをご参照ください。
とにかく吉行淳之介