土地の支配  マルクス『経済学・哲学草稿』 | 思蓮亭雑録

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すでに封建的土地所有において、土地の支配は人間を支配するよそよそしい力としてあらわれている。農奴は土地の所有物なのだ。同様に、土地の相続権をもつ長子も、土地に帰属している。土地が長子を相続するのだ。一般的にいって、土地所有とともに私有財産の支配が始まるのであり、土地所有が私有財産の土台である。しかし、封建的土地所有にあっては、所有主は、少なくとも表面上は、所有地の王のように見える。また、所有者と土地とのあいだには、たんなる物の所有を超えた、もっと親密な関係があるように見える。所有地には所有主の個性が刻みこまれ、格づけがなされ、男爵領とか伯爵領とかと名づけられる。土地にはいくつかの特権があり、裁判権があり、政治的な地位がある。土地は所有主の非有機的身体のように見える。そこから「主人のない土地はない」という諺も生まれるわけで、領主権と領有地癒着ぶりを言ったものだ。同様に、所有地の支配はむきだしの資本の支配というあからさまな姿をと取らない。領民は土地に対して祖国のような関係にある。息切れしやすいとはいえ、そこには国民感情のごときものが息づいている。 80f.

Schon im Feudalgrundbesitz liegt die Herrschaft der Erde als einer fremden Macht über die Menschen. Der Leibeigene ist das Akzidens der Erde. Ebenso gehört der Majoratsherr, der erstgeborene Sohn, der Erde. Sie erbt ihn. Überhaupt fängt mit dem Grundbesitz die Herrschaft des Privateigentums an, er ist seine Basis. Aber im feudalen Grundbesitz scheint wenigstens der Herr als König des Grundbesitzes. Ebenso existiert noch der Schein eines innigern Verhältnisses zwischen dem Besitzer und der Erde, als das des bloßen sachlichen Reichtums ist. Das Grundstück individualisiert sich mit seinem Herrn, es hat seinen Rang, ist freiherrlich oder gräflich mit ihm, hat seine Privilegien, seine Gerichtsbarkeit, sein politisches Verhältnis etc. Es erscheint als der unorganische Leib seines Herrn. Daher das Sprichwort: »nulle terre sans maître«, worin das Verwachsensein der Herrlichkeit und des Grundbesitzes ausgesprochen ist. Ebenso erscheint die Herrschaft des Grundeigentums nicht unmittelbar als Herrschaft des bloßen Kapitals. Seine Zugehörigen stehn mehr zu ihm im Verhältnis ihres Vaterlandes. Es ist eine engbrüstige Art von Nationalität.

 土地は売り解されるもの、つまり商品となっている。つまり、土地の支配のよそよそしい力は商品の支配のよそよそしい力である。したがって、事実上土地が少数の大土地所有者に集中するからといって、土地の支配の力は本質的に土地所有者の力ではない。すなわち、商品となった土地が支配する。支配の力が人間の人間に対する力であれば、ある意味でそれは「よそよそしい」ものではないのではなかろか。それは過酷ではあってもよそよそしくはないだろう。土地の支配は商品の支配である。それゆえ、その支配は包括的になる。それは土地所有者をも支配する。農奴ばかりではなく、その所有者も土地に付属する。ところが、封建制度のもとでは土地の所有者が土地の主人であるかのように見える。それは21世紀の市場社会において商品の所有者が商品の主人であるかのように見えるのと同様ではないだろうか。土地所有者は所有地に自身の個性を刻みつけて所有地を個性化し、領民はそこが祖国であるかのような感情をいだく。その感情は非合理的なものであるが、その感情をいだくようになるメカニズムは合理的なものである。また、この感情自体が合理化として機能する。恐らくそれは国民国家の誕生とも関係がある。封建的土地所有の土地の支配がむきだしの資本の支配へと転換する過程で国民国家が誕生したのであろうし、それあ資本の支配が必要としたことだろう。

 

A laborer is transporting used oil drums by a hand-pulled vehicle near Buriganga River in Dhaka on June 12, 2021. (Photo by Md Rakibul Hasan/ZUMA Wire/Rex Features/Shutterstock)