今日も天使の喜ぶ生き方を!
Rayです。
読んでくれてありがとう。
死んだ人たちは、どんな死に方であれ、
魂の望みを果たして満足している。
後悔する死もあるかもしれないけれど、
後悔だって、していいのだ。
それも魂にとっては、長い旅での学び。
良い悪いではなく、
体験したこと自体が、豊かさ。
なぜなら、
魂の旅は、全てを知る旅だから。
そうはいっても、
死は残されたものにとって悲しく寂しいこと。
でもそれは残された者へ運ばれてきた課題。
死んだ人は、いつでも私たちに会えるから。
そして、残された人の中の一部の人は気づく。
相手に対して愛を注ぐだけだったなら、
いつまでも、肉体がなくても、続けられる。
何も変わらないということに。
ただ受け取っていた恩恵が、少し減るだけ。
減ったものは、物質的な肉体や、
彼らが持っていた現実世界での情報。
肉体はその人ではなく、その人の乗り物。着ぐるみ。
その人の魂からの愛は、
今も受け取ろうと思えば注がれていることに気づける。
今も愛し合えるということ。
ただ漠然と死を悪いもののように信じていると、
悪いことが起こった様に思う。
本当は悪いものでもなんでもない。
まんまと騙されパニックになって、
今も愛し合えることに気づけないなんて、もったいない。
そして、今まで受けていた恩恵に感謝するどころか、
もっとほしい、まだ欲しいと、
嘆き、すがってしまっていないだろうか。
彼らは私たちの活力にはなっていたけれど、
活力を与えるために生まれたわけじゃない。
悲しくて寂しいのは、
それだけ多くの愛をすでにたくさんくれていたからだよ。
死は次につながる通過点でしかない。
良いとか悪いとかではなく、
ただの肉体の終わり。
肉体を必要としなくなった存在は、
ただ肉体を脱いだだけ。
だって愛するだけなら、肉体はいらないから。
それぐらい、物質世界に執着してないのだよ。
それでも魂の旅は終わらない。
全てを知るために続く。
だから長い旅の中では、
色々な生と死を体験する。
そうでないと、色々な生死を知ることができないから。
それだけのこと。
もしも彼らの壮絶な最期に居合わせたなら、
あなたはとても愛され信頼されている。
なぜなら、
あなたなら理解してくれるから、
あなたを人生のパートナーとして選んだのだから。
だから気づいてあげてください。
どんな死を遂げたとしても、
どんな人生だったとしても、
それは彼らが魂次元で望んだこと。
人間の価値観を超えた、聖なる望み。
それは、彼らが拡大するためであると同時に、
残された私たちに学びのチャンスを授ける愛。
何も悪いことなど起こっていないのです。
ただ、魂が学び続け、拡大し続けているだけです。
その証拠に、
自死遺族である私は今、
自死遺族になる前よりも多くの愛を知っています。
人間の言う不幸など、
人間が作り出した、一つの情報に過ぎません。
そして、不幸と自分を結びつけているのは自分。
自分を幸せにするか、不幸にするかは、
自分で選べるのです。
そして、どちらを選ぶことが、
愛を生きることになりますか?
どうしたら、愛する人は喜びますか?
自分を責めるのはとても簡単です。
だからだれでもできる。
一方、
愛する人のために自分を幸せにするのは、
慣れないと結構な勇気が必要です。
その勇気を出すことが愛なのです。
大切な人をこれからも愛していくなら、
自分を幸せにしてください。
なんかだらだらと書いてしまったけど、
たぶん、必要な人がいるんだと思う。
あなたの大切な人からのメッセージじゃないかな?
お役に立てていたら幸いです。
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