♪ヤマハ音楽教室♪J専退会後回想録(3) 学校?ヤマハ?原因は…vol.3 | 光の天使☆つきあかり

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こども&わんこの事から、ふしぎ世界&こころの事まで…
ママでヒーラー&セラピストのつきあかりが、日常にあふれた出来事やエッセンスをお届けします^_^

いや~。

やっぱり月1しか記事が書けなくなっている私。

いつも記事が長いから仕方ないかな泣き笑い

 

J専も退会して3カ月目を迎えます。

娘の体調はかなり安定してきました。

お兄ちゃんの体調はあと一歩で、不登校も今一歩ですが、

大きな検査は不要になりました。

とりあえずホッとしているつきあかりですニコニコ

 

ヤマハ記事は・・・

今回の記事と、まとめ記事で終わりにする予定です。

 

なぜなら・・・

娘さまは、元気になってきたけれど、

ヤマハという言葉を耳にするだけで、

拒絶反応を起こし耳をふさいで叫びます不安

 

ヤマハが悪いわけじゃないんだけどね真顔りんご

それだけ、トラウマになってしまったんだろうね。

癒えるには、もう少し時間がかかりそうです。

 

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さて、今回は、前回書いた回想録VOL.2に書いた、

J専を辞めることになったきっかけ4つの詳細を軽く書いてみようと思います。

 

 

1.もともとグループレッスンがあまり好きでなかったという事実

 

幼児科2年目のある日。

「グループレッスンがいやだ」という発言をはじめていました。

 

でも、幼児科だけはきちんと終わらせたかったので、

追加で個人レッスンをお願いし、ごまかしていましたてへぺろ

 

本当は、幼児科を終えたら、

ヤマハ外の個人ピアノに変わる予定でした。

 

でも・・・幼児科の先生に推薦いただき、J専の見学に行ったらば…。

お嬢様から、「J専に行く!ラブ」とのお言葉が。

 

テンポよく転調リレーをしていたり、

幼児科に比べると高度だけれども、

とても楽しそうなレッスンが印象的だったんでしょうね飛び出すハート

 

でも、いざJ専にあがって、蓋をあけたら、

見学した時の先生とも違い、

見学した時のような楽しそうなレッスンではなかった。

 

これは詳しくは、次の項目につなげます。

 

 

2.誰もほぼ発言しないグループレッスンへの拒絶

 

娘が属したのは、女の子ばかりの6人グループ。

7割がエレクトーン専攻の子。

ピアノ専攻の子もエレクトーン所有のグループでした。

 

女の子ばかりで、キャピキャピ楽しく進むのかなと思いきや、

レッスン中、

ほぼしゃべらない、

クールで真面目女子の集まりでした。

 

ん~、飽くなき探求心。一人ひとりが上達を見据えたグループ。

そして、先生もクールだった。

 

でも、個人レッスン時は、娘とよくお話をしていて、

娘に「グループの時も、今みたいにしゃべってよ~」と何度も言われるほど。

 

レッスン中の、先生からの問題も、ほぼ誰も解答せず、

先生からの目線で、娘に振られること多々あり。

 

「発言すれば、私だけ目立つ。」

 

それも苦痛だったみたいです。

楽しいはずのレッスンが、常に緊張ととなり合わせのレッスンだったらしい。

 

それが、年度をまたぐたびに、

日々ストレスとして積み重なっていったんでしょうね。

 

 

3.EFアンサンブル練習時のトラウマ的記憶がフラッシュバック

 

これはもう仕方ないかもしれませんが・・・。

 

普段の宿題+EFアンサンブルの長い楽譜をサラサラ譜読みして弾く。

やっぱり1年目はきつかったです。

 

1年目の娘は、セカンドメロディライン的なパートでしたので、

割に音があり・・・。慣れないアンサンブル楽譜に苦戦し・・・。

 

「弾けないなら出るなむかつき

 

とのご通達をいただきました。

 

そして骨折をし・・・。

ギブスが外れたばかりの時に、

 

「練習が足りないんだよ!物申す

 

私と外部の人が数名いらっしゃる前で怒鳴られ、

大号泣した娘の記憶は、未だに、私からも消えません・・・

 

ギブスはずしたばかりの子はピアノ弾けません。

↑甘い考えなのか・・・ネガティブ

 

だから、譜読みだけは異常に早くなりました(笑)
 

色んな先生がいらっしゃるようですし、

怒鳴られたって気にしないお子さんもいらっしゃるようだけど、

単なる先生の感情のままなのか、

それとも伸びしろ有だからなのかわかりませんが、

楽しく音楽を上達したい天然とろりん娘の、

まだまだ小さな心には、

人前での大きな怒鳴り声はきつかったようです。

 

そのトラウマが、今回表面化して、過呼吸をおこしたわけです・・・。

 

 

4.昨年より回復途中にあった右足トラブルでの挫折感

 

このブログでいくつも書いてきておりますが、

娘は2年目の秋口より、歩けない、物が持てないetc

両手足の機能性運動障害を起こしました。

抗核抗体320倍の数値をもちながら、主原因は不明で、

心因性で通院しています。

 

もう1年半になります。

車椅子&おんぶ生活を経て、杖歩行、通常歩行に無事戻ってきました。

 

ですが、力が伝達しにくいという問題は多少残っていました。

どういうことかというと、

鉛筆が握りにくく、太軸シャーペンで字を書いたり、

弾くことでいえば、

エレクトーンは鍵盤が軽いのでさほど影響がでませんが、

ピアノですと、鍵盤を押さえるだけで指が痛い。

和音が続くような曲はまず無理でした。

なかなかf(フォルテ)やffが出せる筋力?神経伝達力?が戻っていませんでした。
 

そして、右足首のマヒが強かったので、

苦労したのは、ペダルです。

意外にも、上下に動かすことは比較的大丈夫で、

ピアノのペダル、エレクトーンの音量調節のような、上下運動は問題なし。

 

困ったのは、エレクトーンの音替え。

足を右側に蹴る動作が、まぁキツイキツイ。

できないわけではないけれど、

「オリャッびっくりマーク」って気合いを入れないと遅れてしまったようです。

 

その遅れを、レッスン中に先生に指摘されてしまい。

遅れたのは理解したし、自分で直し方がわかり調整できるんだけど・・・。

 

それが、また、メンバーの保護者さんにも嫌悪感を誘ったんでしょうね。

そのことに関して嫌味を耳にしたそうで・・・

みんなに迷惑をかけないように頑張ったのにね。。。

 

それからというもの、グループレッスンの日は、

必ず鼻血を出したり、腹痛を起こすようになり、

今現在進行中の過敏性腸症候群に移行してしまったんですね。

 

乗り越えるのは本人だという意見もあるでしょう。

アンサンブルゆえに、みんなと合わせないといけないのは重々承知。

そのために、本人は、ペダルに関しては乗り越えましたよ。ハイ。

 

でも、人って、なぜか・・・

他人のできないことに目がいきやすいんですよね。

自己防衛するためにも・・・。

 

子育ても一緒です。

できないことに目を向けず、

できること一つ一つに目を向けてあげれば、

必ず子供はうまく育つのに・・・。

 

そんなこんなで、

娘ちゃんは、精神的肉体的魂的に・・・魂が抜ける

耐えられる状況ではなくなったのです。

 

先生も、色んな提案で引き留めてくださいました。

でも心身一体。今は、身体と心を直すのが先。

やっぱり、人間、身体が資本です。

身体が元気でないと、やっていきたい夢も叶えられません。

割れたお茶碗に、おいしい食事が乗らないのといっしょです。

 

 

あれほど、作曲が好きで、

楽しそうに「J専行く」って言ってはしゃいでいた彼女の夢は、

残念ながら、ここで終わりを迎えました。

 

J専を辞めてから・・・

彼女は、ピアノすら弾かなくなっていました。

ピアノに向かうと、腹痛を起こすから。

そこまで追い詰められてしまっていました。

 

でも、音楽好きは変わっていませんし、

音楽の道に進みたい気持ちも変わっていません。

 

今は、

「音楽で人の心を癒したい照れ

という大きな目標に変わりました。

 

J専をきちんと進級できたときの達成感や、

身につく音楽力は計り知れない。

正直、惜しいなあと思うこともある。

 

でも、娘の心身を第一に考え、

J専以外の別ルートで音楽の道を歩むこと。

娘の気持ち優先で、この選択をすることに後悔はありません。

 

 

春が近づき。。。

彼女は少しずつ、ピアノに向かえるようになりました。

 

今までの恐怖感情と闘うこともあれば、

その恐怖に立ち向かうために培った妙な譜読み力から、

ぶっ飛んだ演奏をすることもあります凝視

 

あくまで親はサポーター。

彼女を彼女のまま、彼女の夢まるごと受け入れてくれる先生を探し、

すべての事情を受け入れ、導いてくださる先生と出逢えました。

 

少しずつ、軌道修正して、

また、彼女の音楽道を歩んでいくことを願っている母なのです花

 

˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。˖✻*˸ꕤ*˸*⋆。

J専に関しては、もう卒業したので、

次回、総まとめ記事を書いて終わりにしたいと思っています。

おそらく、新規J専進級時期だからか、

最近記事を読んでくださる方が多いので、

3月中にまとめたいと思いますキラキラ