2022年がはじまって3週目に突入していますね
冬休みも終わり、なんとか学校に行き始めて1週間が経ちます。
ヤマハから離れて1ヶ月。。。
娘ちゃんの様子はどう変わったのか
まず、あれほど続いた昼夜問わないトイレ生息生活。
悪化しまくっていた過敏性腸症候群は治まってきました。
今は、時折、おなか痛いっていう程度になってきました
ちなみに、冬休みに入って検査もしましたが、
「緊急性の高い状態ではない。」とのことで、
全身麻酔をかけての大腸カメラ系の検査は一旦お預けに。
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状況が状況だけに、
今までの記事では、大分端折って書いてきたので、
なんのことやらと思われそうなので、
少し経過をまとめてみます。。。
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2021年9月
2学期がはじまり、杖も外れ。
絶好調に過ごしていたんです。
ニコニコ笑顔に雲がかかりはじめたのが10月に入ってから
学校では、体育祭の練習がはじまり、
ヤマハでは、EFアンサンブルの時期となりました。
つまり同時進行。
しかも、EF店大会は、体育祭と同日。
絶対イヤな予感しかしなかったんだけどね・・・。
詳しくは↓
EFに出場すると決めたのは本人。
でも、最終結果として、ヤマハを辞めることになってしまった。
そこまでの過程に何があったのか…。
振り返ると、娘本人のかなりの葛藤がありました。
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今回腹痛をきたしたのは、
10月半ばに純粋にお腹にくる風邪をひいたことから…。
それをきっかけに、どんどんひどくなる腹痛と下痢。
本当に、毎日、朝起きてから深夜3時くらいまでトイレで生息。
しかも、一回につき、2時間ほどこもる。
薬なんて効きゃしない
それが毎日だったから、当然学校に行けなくなる。
10月~12月は、月の半分お休みで、月の半分遅刻です。
遅刻といっても、ほとんど午後から登校・・・。
だから、行けた日はいつも居残り。
宿題なんてできる時間がない。
休ませてあげたかったけれど、
学校の担任の先生も、昔ながらの先生で、
オンラインよりも、現場に命をかけ、
「お母さんとにかく連れてきて」という先生。
毎日10個以上の宿題に、
「宿題なんかしてこなくていい」といいながら、
あげく後日に「やってきた?」といわれる日々。
最終的には、
「紙パンツはかせて登校させて」という
ちょっと、ビックリ発言をもらいながら・・・。
病院の先生(小児心療内科)からは、、
●宿題はやらないことが治療
●学校は行けるときだけでいいのが治療
●トイレにこもらないように時間を決めるのが約束
学校の先生と病院の先生との板挟みで、
私も随分疲れてしまった
でも、一番しんどいのは娘本人。
過敏性腸症候群でも、下痢型はかなりツライんだそうです。
娘もかなり苦しんでいました
過敏性腸症候群は、
ストレス原因を取り除いていくのが一番の薬
だそうで、
考えられるのは・・・学校ORヤマハ。
少しずつ考えらることを軽減していく。
そんなことをしていました。
つまり、学校に関しては、
母が大分クッションになりつつ、
先生に、頼むから「わかってよ」と言わんばかりに、
診断書に匹敵するような、病名と治療法を書いた、
長いレポート並みのお手紙を書き、
そこから、少しは静かになってくれました
でも、休むと、また吠えてくるので、娘もぐったり。
それと同時進行したのが…
ヤマハでのトラウマ的出来事のフラッシュバックでした・・・
長くなりそうなので、一旦区切ります。
学校かヤマハか・・・
今となってはわかっています。
どうやらヤマハの模様です。
ただ、レッスン内容が嫌いだったわけではないですし、
ヤマハというものを否定するつもりはないことをご理解くださるとうれしいです。
だって、姫は、1歳から・・・
いえ、おなかにいるときからレッスンに通っていたんですもん。
というわけで、後編に続きます。