[本] 時間が流れ人は変わります / オリーヴ・キタリッジの生活 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

各篇に散りばめられた断片が、13篇すべての短篇を通すと数十年の経過とともに、
大柄で不愛想なひとりの女性の心の在り方の全体像として、
各篇からの印象とは異なる、ほのかな温かみが湧いてきました。

各短篇と並行して物語を編む構成力
短い文で一瞬に場面の意味を変えてしまう言葉の限定力
どうということのない具体的な場面が読者の想像もたらす拡張力 etc.
この小説に出会い、文章という表現手段がもつ力に対する期待がまた高まりました。


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オリーヴ・キタリッジの生活 / エリザベス・ストラウト著、小川高義訳 (ハヤカワepi文庫)
(原題:OIive Kitteridge / Elizabeth Strout)
2008年原書刊、2010年和訳刊、2012年文庫化
お気にいりレベル★★★★★

タイトルのオリーヴ・キタリッジが主人公の名前です。
主人公といっても、13の短篇のうち主人公になっているものは数編にとどまります。
なかには登場人物の会話にオリーヴのことがちょっと出てくる程度のものも

妻以外の女性にほのかな恋心を抱く夫
命を絶つ目的で久しぶりに町を訪れた若者
長年、町のラウンジでピアノを弾く女性
オリーヴの息子クリストファー結婚相手
他の町で一人暮らしを始めた牧師の父に育てられた娘 

毎日曜日に海辺の店で朝食帰りにドーナツを二袋買う男性 etc.

多くは、アメリカ東部にあるメイン州の架空の小さな町クロズビー所縁の、どこにでもいそうな人びとが主人公です。

傍からみたらどうということのない日常に潜む、
当事者にとっては生き方が軌道修正されるような一瞬があることを描いています。

13篇を経て、1960年代後半40代だったオリーヴは74歳に。
彼女自身も周りの人びとも年を経て変わります。


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それを彼が拾って、広げて持ってやって、あの小さい手がミトンにすべり込むのを見ていた。

 

女性が落としたミトンを「彼」が拾う場面です。
拾ったミトンを彼女に渡せば終わりにできる場面です。それが


ミトンを広げてもつことで「彼」の好意がうかがえ、
彼女が手を入れることを「彼」は期待しています。
女性もそのささやかな好意をさりげなく受け入れます。
「あの小さな手」ということは、「彼」はふだんから彼女の手がさまざまなに動くさまに注目していることが伝わってきます。

読者に、二人が互いに好意を持っていることを断定する材料は与えずに、微熱のような期待を生ませます。
こういう描き方、私は好きです。

また別の短篇では

 

「あたし、こういうことはもういいわ」

妻から言われたこう言われた回想を描き、その夫である男の日曜日のルーティンの謎をひもとけます。

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時間は人を変えます。

各短篇のなかでも時の流れがあり、

13篇を通す時間の流れもあります。
 

傷を風化させたり、つらい状況に慣れたりすることもあれば、
さらりとしたひと言を発する残酷さを醸す時間でもあることをさまざまな場面で教えてくれます。

 

気持ちを表したり伝えたりするのが不器用なオリーヴは
その移り変わりを、どんな場面でどんな風に表すのでしょう。

いくつもの場面を積み重ねて描く、オリーヴの夫ヘンリーに対する気持ちの移り変わりは見どころです。

長年連れ添ったオリーヴとヘンリーがそれぞれ幸せを感じたのはどんな場面だったのか。
40代、50代、60代、70代・・・・、それぞれの時点で、それは変わったのでしょうか。

断定する材料を抑えた小説には、
読み手に読み終えても想像をし続ける愉しみがあります。



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