[本] 「君」を発掘する作業 / 冬の日誌・内面からの報告書 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

別々にハードカバーで発売された本が、
一冊にまとめられて文庫化されました。

一昨年も同じ作者の2作品が『写字室の旅/闇の中の男』として
一冊の文庫本にまとめられました。

今回は、その時にも感じた経済的なお得感に加えて、
内容が表裏一体ともいえる作品が一冊になったことにより、
新たな作品が生まれたような感覚をもちました。

ともに過去の自分を「君」と呼んだふたつの自伝で、
自らの言動の是非を問わず、
ありのままを受け入れる眼差しが注がれています。


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1947年生まれのアメリカの作家ポール・オースターが、
60代になってから自分の人生を、
肉体的な物理的視点と精神的な内面的視点、
ふたつの視点から振り返った2つの自伝です。

一冊になる方が自然に思えます。

 

 

冬の日誌/内面からの報告書、ポール・オースター(Paul Auster)著、柴田元幸訳(新潮文庫)
冬の日誌(原題 Winger Journal):2012年原書刊、2017年和訳刊、
内面からの報告書(原題 Report form the Interior):2013年原書刊、2017年和訳刊、
2作を1冊にした文庫化:2023年
お気にいりレベル★★★★☆

『冬の日誌』では
冒頭で、朝、ベッドから出て窓へ向かう「君」は6歳。
一方、ベッドから出て窓へ向かういま64歳の自分には、
こう語りかけます。

ひとつのドアが閉じた。別のドアが開いた。
君は人生の冬に入ったのだ。

 

著者の肉体が子どもの時分から経験した災難や快楽を次々と挙げていきます。
かといって、64歳まで丹念に追い続けす、
彼が作家として書くための源を、こんな風に感じとったところまで書かれます。


ある時点で君の中で何かが開きはじめた。
世界と言葉とのあいだにある裂け目、人生の真実を理解したり表現したりする人間の力と人生それ自体とを隔てる深い溝に自分が堕ちていく


こんな感覚のさきで、「自由と幸福に包まれ」るとのべています。

身体は書くことと直接かかわりなく思えますが、

著者にとって言葉の意味は体の中のあることがらからはじまるのです。


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『内面からの報告書』では、
「どうやって君は、考える力を持つ人間になったのか?」
と自らに問いかけます。
残っている記憶を、おそるおそる、でも丹念に、
4部構成で趣を変えて掘り起こします。

「内面からの報告書」では、12歳までに限定して時系列に体験を語り、
「脳天に二発」では、影響を受けた2本の映画の場面を細かく描写し、
「タイムカプセル」では最初の妻、作家リディア・デイヴィスへの書簡を開示し、

「アルバム」では、影響を受けた本や映画や場所の写真が並びます。


その当時には、見えなかった自分の姿が、

さまざまな変化を経て60代になると見えてきて、

他人に伝えわる表現にたどり着いたのです。


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「君」が自分に対して、物事を「真正面から」「丸ごと受け止め」ることを「至上命令」としています。
これを頑固なまでに守ろうとすれば、
社会の仕組みや、周りの人たちとの間に、すき間、裂け目、ずれが生じます。

異性への興味、酒、喫煙、本、靄のかかった将来。
執筆の志とそのための収入、徴兵。
敬虔ではないユダヤ教徒家庭の"ユダヤ人"であることと
特別な国アメリカの"アメリカ人"であること。
父の存在、母との確執、妹の崩壊。
世界と個人・自己。

やれやれ、やっかいな人物です。誰より本人が葛藤との格闘の連続です。

それなのに、

こんな感情の表わし方しかできなかったとしたら、

ここまで完全には壊れずにきたのが不思議です。

君は泣けなかった。人がふつう悲しむやり方で悲しめなかった。

この2作を再読して、また小説を読んだら、
これまで読んでいても意識していなかった
作者の心の映り込みを見つけられるかもしれません。

そういえば、『鍵のかかった部屋』が未読で目の前の未読本のなかにありましたっけ。
おあつらえむきじゃないですか。



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