[本] 自然と人の営みの堆積 / 地上に星座をつくる | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

「根っからの**」とか「居ても立っても居られない」という言葉は、こういう人のためにある表現なのだと思いました。

 なのに「根っからの」の後に置く言葉をひとつに絞ることができません。興味を抱いた場所に実際に身を置かずにはいられない人とでも言ったらいいでしょうか。
 かといって、8000m超の登頂数日後に「次の山に早く登りたい、今はそのことで頭がいっぱいになっている」彼の「居ても立っても居られない」感覚は、意識は急いても用意は周到です。


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 チベット・ヒマラヤ、北極圏などへの旅や冒険の記録でありながら、日本にいる時の日常や、北海道の小学生たちとの交流、変わった銭湯の訪問のように、妙に手近な感覚の話も同じ比重で書かれている、不思議な重力バランスを持つエッセイです。

 

地上に星座をつくる / 石川直樹(新潮文庫)
2020年刊、2023年文庫化
お気にいりレベル★★★★☆
※書籍版ではモノクロの写真が、電子版ではカラーで収録されています。

 写真家石川直樹が30代の2012年~2019年に綴り写真も交えた、330ページに51篇のエッセイです。
 ヒマラヤ山脈、ロッキー山脈、アンデス山脈、その麓の国々や街、北極圏といった、いかにも冒険という言葉が似合う旅もあれば、住民票を移した宮古島、鹿児島の水族館訪問、帰国時の東京、旅での忘れ物の失敗談といった日常目線に近いところまで対象になっています。

 

チベットという場所は「人間の土地」とも言うべき、人類に共通する根源的な何かを漂わせているように思えてならない。 (「チベットの年越し」より)


 場所の遠さ、環境の過酷さ、美しさといった自然の魅力もさることながら、人の営みや生活の積み重ねや自然の営みが、時間という要素を軸に筆者を惹きつけていることがこの旅のエッセイのバランス感覚の源です。

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 最も強く印象に残ったのは「ミイラの少女」。インカの時代にアンデスの山頂で生贄 いけにえ となった15歳の少女ドンセリャの遺体は、いまでも眠っているかのような姿でミイラとなって保たれています。そんな穏やかな様子とは異なる、生贄であるばかりでなく、起伏のある高地をとてつもない距離を歩いた末の彼女たちの苛酷な運命と足どりを尊びながら、筆者は丁寧に再生しています。

 筆者の旅の動機のなかで、私が興味を惹かれたのは「流氷のはじまりを探して」という一篇です。文字通り、北海道に打ち寄せる流氷が生まれる地点を見たいとは、私にはなかなか思い至らない自然への興味の視点です。


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 読んでいて他の紀行文とは異なる波長を感じました。すこしそわそわした落ち着きのない感じ、よく言えば臨場感とも言えるかもしれません。
 おそらく、書かれていることから時間が空いていなかったり、旅先で執筆していたり、高揚している気持ちが持続しているのでしょう。これはその感覚を、執筆者本人が分析して説明するより、文章のリズムのような感覚で伝える方が、彼が旅に惹かれる本質に合っているからです。

 私にはまったく異なる場所・場面に思えるものも、筆者の感覚では地中でひとつに繋がっているものが、地上のあちこちに芽吹いているにすぎないのかもしれません。地上に転々と出た芽を繋ぐと、見えてくる星座があるはずですから。



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