[本] 今こそ人類史をおさらいしよう / 銃・病原菌・鉄 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

 読まなくてはと思いながら後回しにしてき重要な本に、ようやく手を伸ばしました。いまの社会の成り立ちを根本から理解しておかなくては、と思いつつ、こんな年齢になってしまいました。

 1971年に一人の生物学者がニューギニアの政治家ヤリから受けたこんな問いをきっかけに、その問いに対する答えを得ようと調べた結果をもとに、この本は書かれました。

あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?


 著者はその答えをきちんと用意するのに25年を要しました。「白人は優れた文明を持っているから」といったような答えやすさで応じずに、こう自らに問い直したのです。

紀元前11,000年頃には氷河期後を終えて、どの大陸でも人類は狩猟採集生活でした。1970年代現在、ヨーロッパや東アジアの民族と、ユーラシア大陸から北アメリカ大陸へ移住した民族とが、世界の富と権力を支配しています。世界の富や権力は、なぜこのような形で偏在して分配されたのでしょう?なぜ異なる形で分配されなかったのでしょう?


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 この本には、氷河期後13,000年にわたる人類の歴史の大きな流れを、遺伝・言語学・技術史・地質学・分子生物学・生物地理学・疫学・行動生態学・文字史・政治史など多方面の視点から科学的に検証した結果が書かれています。

 


銃・病原菌・鉄 上巻・下巻 / ジャレド・ダイヤモンド著、倉骨 彰訳 (草思社文庫)
1997年原書刊、2000年和訳刊、2012年文庫化
お気にいりレベル★★★★★

 著者が次々と浮かべていった疑問のごく一部を紹介しましょう。

▽世界の様々な民族が、それぞれに異なる歴史の経緯をたどったのはなぜか?
▽世界に文字の有無、金属の道具の有無、狩猟採集・農耕などの差異が生じたのはなぜか?
▽13,000年前にすでにある大陸の住民は、他の大陸の住民より有利な差を持っていたのか?
▽かつて全大陸の人々が狩猟採取生活だったが、その一部が食料生産を始めたのはなぜか?いつか? いつか?なぜその時だったのか?
▽人類はなぜ、最も肥沃な土地ではなく、農耕に適さない土地で食料生産を最初に始めたのか?
▽シマウマが家畜ならなかった原因は、シマウマにあるのか、それとも先住民にあるのか?

▽なぜ15、6世紀にアメリカ側が一方的にヨーロッパ人が持ち込んだ病原菌の犠牲になったのか?なぜ逆は起きなかったのか?
▽最初に始めたことが重要ならば、なぜ銃や鉄の登場はアフリカ大陸が最初なのにヨーロッパを征服しなかったのか?
▽現代の考古学者がタイムマシンで紀元前11,000年に行けたら、現在の人類の社会を予測できたか?


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 自問自答は真実に迫る調査・検証の出発点です。自問自答して答えを得てそこで終止符を打つか、あるいは、ひとつ問い、それに答え、その答えから新たな問いが生まれ、再び答え・・・・・・、といった具合に問い続けるかによって、それが仮説であろうとも連鎖的に明らかになることが増えていきます。

 歴史というと、史実と史実のすきまを論理的に推論して事実代わりの仮説をたてがちです。歴史で、自分に望ましい答えを用意し、それを裏付ける事実だけを集めて連ねる論理は、事実に基づく真実とは限りません。「だって事実だから」は要注意ワードです。そこに個人的な価値観が入り込むと、その価値観から見た正しさを問う形に変形します。

 自問が自分の得た答えや論理に対する懸念や反問の余地がないか考え、その反問も調査・検証して初めて論理や答えの真実性を高めることができると私は考えています。先ほど挙げた中で少々変わった内容の質問も、視点を変えてチェックするこうした反問の例です。


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 広大な検討領域を検証した過程や結果をすべて つぶさ に記したら、何巻にわたる本になるかわかりません。
 人類史の大きな流れに関する自問、事例、検証方法、検証結果、結論を、課題に応じて文書量にメリハリをつけて、しかも読み物としても読者に興味を惹かせるように文章にされています。

 タイトルは、多民族征服の象徴として「銃・病原菌・鉄」となっていますが、食料生産、地形、動植物と環境、農耕技術の移動、人口、社会体制と多岐にわたる分野が社会として関連しあった変遷が丹念にたどられています。
 狩猟採集生活から農耕生活へ移行するこまかな過程を想像したり、言葉分析と遺伝子の分析から民族の移動や交わりの様子をつきとめたりする過程は、私にはそのプロセス自体を楽しんで読むことができました。

 特定の国家や民族に焦点をあてて歴史をたどると、自国や自民族に有利な材料に目がいきがちかもしれません。
 著者が、人種による優劣という幻想とともに、この本の序盤で語っていた自己の価値観を紹介しておきます。


私は、産業化された社会が狩猟採集の社会よりも「優れている」とは考えていない。狩猟採集生活から鉄器にもとづく国家に移行することが「進歩」だとも考えていない。その移行によって、多くの人類がより幸福になったとも考えていない。


 私たちのいるいまの世界の在り方は、なんと環境に恵まれた幸運の結果であることか。可能性は各地に潜んでいます。


[end]


 

 

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