中島みゆきは「悪女」で、他に女のいる男の気を引こうと、友だちマリコの部屋から他の男の部屋にいるふりをして男に電話をかける、悪女を装う女心を歌い上げました。
素直になりすぎて月夜を避けて悪女を装わなければならない女性は、悪女ではありません。
この小説の主人公鈴木公子は、自分が話すことに矛盾があるという点で嘘つきです。
相手により、公子が悪人であったり、善人であったり印象が変わるのであれば、時により悪女とでもいうのでしょうか。
相手の印象に関わりなく、本人の心根を評するのであれば、公子が人生で掲げてきた狙いを明らかにしなければなりません。
◆ ◆ ◆
この小説では主人公の公子自身は何も語りません。
彼女と
悪女について / 有吉佐和子 (新潮文庫)
1978年刊、1983年文庫化
お気にいりレベル★★★★★ |
最初の語り手は、君子(当時:後に公子に改名)が神保町にある簿記学校の夜間クラスの同級生だった男子大学生です。
彼は仄かに彼女に思いを寄せていましたが、高嶺の花のお嬢様と感じながら、しばらく付き合っていました。
このインタビューで、鈴木君子が亡くなっていること、そしてそれが週刊誌で報道されるほど、彼女が有名になったこと、死因が世間で取り沙汰されていることが明らかになります。
この学生に続きインタビューされた面々は、小学校の同級生(庶民派と元華族の血筋)・その母親や家族、元夫やその母親・友人、同じアパートにいた幼い女の子の母親(当時)、同じ職場の男性、ラーメン屋から事業を起こした男性とその妻、注文服店の女性店主、家政婦、元華族、実業家の後妻になった元芸者、宝石職人、銀座のクラブのママ、二人の息子、君子誕生時の隣人など多彩です。
公子に感謝する者もいれば、憎む者まで、持っている印象も様々です。
◆ ◆ ◆
すでに語られた事実や印象が、後に続く語りであっけなく覆えります。どちらが正しいと特定する材料もないまま。
ひと皮ずつはがれて徐々に正体を現すというより、情報が増えるにつれ混とんとして、なかなか公子を一人の人間として像を結べません。
大事な部分で真相が明かされないにもかかわらず、男も女も次々に、色に、富に、気持ちが揺らぎ、公子に手玉にとられていたことが明らかになっていきます。
インタビューをする作家と称する人物は、単に小説の題材を集めて回っているのではなく、自分だけが知っている大切な事実を、他に誰も知らないことを確かめてまわっているのかもしれません。
◆ ◆ ◆
公子を評価する人たちの中で、女性は実利の裏付けに、男性は自らの思い込みに評価が支えられている場面が目につきます。
登場人物だけでなく読み手においても、この小説を読み進めるにつれ、女は鈴木公子の考えていることがが徐々に明確になっていき、男はどんどん迷路に迷い込むばかりだとしたら、こんな恐ろしい作品はありません。
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