[本] 映像と文章の間で揺れた / ゆれる | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。



ひとつの作品が映画と小説にされ、
どちらの方がいいということなく、
双方をこれほど楽しんだのは初めてです。

同じストーリーでありながら、
映画は、カメラが登場人物の視線と誰のものでもない視線から
一つひとつの場面をとりあげ、
小説では、登場人物6人がそれぞれの視点から出来事を語ります。

この構成の違いが映画と小説双方を独立した作品にしています。

さらに、もうひとつの違いが楽しみ方を大きく左右しました。
映画は観客の受けとめ方に関わりなくストーリーが進みます。
観ながら未消化だった部分は、観終えた後に反芻します。

小説は読み手がいつでもストーリーの展開を止めながら、
登場人物の心をあれこれ想像しながら進むことができます。
おまけに、
この作品の場合、
映画の厳顔・脚本・監督、小説の作者が同一人物であることから、
両者の意図の乖離はありません。安心して読めました。


   ◆      ◆      ◆

10年以上前にこの映画を観て、ラストシーンで
香川照之扮する早川稔が薄ら浮かべた笑顔が
それを遮り通り過ぎる路線バスとともに忘れられません。
 
  稔は何を感じてあの笑顔をうかべたのだろう?

弟との和解? 必死な表情の弟への皮肉? 弟を超えた勝利?
  苦難を乗り越えた誇り?
    過去の自分との決別?       自由への入り口に立った歓び?

小説を手にして、その疑問に再び挑みました。

 

 

山にある小さな町で炭屋の父早川勇の息子として生まれた稔と(たける)

兄稔は子供の時分から聞きわけがよく、親から可愛がれ、
温和に今の家業のガソリンスタンドを継ぎました。

弟猛は、いたずら坊主で叱られてばかり。
高校卒業と同時に父の反対を押し切り、写真を勉強しに上京。
今では写真集を出すほどのカメラマンになりました。

二人の母親の一周忌に猛は故郷に戻りました。
そこでも父勇と猛はぶつかり、稔が仲をとりなしました。


   ◆      ◆      ◆

稔は猛を幼い頃家族ででかけた渓谷に誘います。
ガソリンスタンドに勤める幼なじみ川端智恵子も一緒です。

ところが渓谷の吊り橋から智恵子が転落死します。
橋の上にいたのは兄稔。猛は対岸にいました。

智恵子の転落死は事故、それとも事件?

小説は、弟猛、智恵子、父勇、勇の兄修、兄稔、
ガソリンスタンド店員岡島洋平の6人の語りで進みます。

転落死を機に稔と猛の内に潜んでいた思いが動き出し、
転落時の証言内容が揺れ、稔・猛も事件も揺れます。


   ◆      ◆      ◆

今回、文庫本のページをめくりながら、
時おり自分のペースで小休止して、

稔と猛の子どもの頃の兄弟両親への思いを想像し、
  故郷に残る選択と都会に出る選択のもたらすものを考え、
二人の智恵子への思いと狭い社会での告白の成否の影響を想像し、
  智恵子の転落死後の稔と猛の互いへの思いの揺れを感じ、
ラストシーンの稔の笑顔の意味を探り直しました。

こうしたおさらいを終えて、
今度はTSUTAYAで「ゆれる」を借り、
映像を小休止させながら観たら、新たな発見がありそうです。



[end]


*** 読書満腹メーター ***
お気にいりレベル E■■■■□F
読みごたえレベル E■■■□□F


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