勤め先と駅を結ぶ道では、昼間は
スーツを着た勤め人と、近くに住む子供連れが入り混じって行き交います。
それが朝晩には、近くに住む人たちも、働く人たちも共に通勤途上で、
勤め人らしき服装の人の数が目立ちます。
◆
そんな道を、勤めを終えて駅に向っていると、多くの人たちとすれ違います。
その中で、ふと私の視線がある見知らぬ女性にとまりました。
ベージュのスーツと同系色のパンプスに白いブラウス姿、さりげない化粧。
髪はセミロングで年周りでいえば20代。
手に書類を入れる黒いバッグを提げています。
この辺りでよく目にするタイプの姿です。
それにもかかわらず、すれ違いざまに私の視線をとらえたのは、
彼女の膝にある一点の白でした。
つるりとしていそうな膝には似合わず、
小さな絆創膏が貼られていたのです。
◆
私の子どもの頃には、膝はすり傷に赤チンやら、
いつのまにかついた打ち身の赤紫アザやら、彩り豊かでした。
近ごろでは、子供の膝にでさえに傷を見ることはほとんどありません。
子供に限らず、指先などに絆創膏を貼った姿を見ることはあっても、
その色は目立たないように肌色です。
◆
彼女の絆創膏はごく小さなサイズなので、大した傷ではなさそうです。
とはいえ、何の拍子につけた傷なんでしょうか?
「あのぉ、ぶしつけですが、その膝、どうしたんですか。
できたら、その絆創膏をはがして傷を見せていただけないでしょうか」
「ほほぉ、この傷はどうして?」
「それはそれは災難でしたね。で、なぜ絆創膏は白なのでしょうか」
彼女の後ろ姿を追いかけて、矢継ぎ早に訊ねてみたくなります。
どうでもいいことながら、指先に刺さった小さな棘のように気にかかります。
◆
彼女とすれちがってから数日経ちました。
若い彼女ならすっかり傷も癒え、絆創膏も役割を終えてしまったことでしょう。
もしかして彼女が私の職場近くに勤めていて、
こんど彼女とまたすれちがったとしても、
あの時の白い絆創膏のことを遅まきながら訊ねようにも叶いません。
白い絆創膏ばかりが印象的で、彼女の顔を憶えていません。
伊坂幸太郎の「陽気なギャングが地球を回す」に登場する
成瀬だったか、響野だったかが、銀行強盗を実行するときに
頬につけた赤い×印を思いだしました。
[end]
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