こんにちは、見習い飴細工師のnanacoです。
AB型は研究好きなんていわれるようですが、本当かもしれません。
飴細工の歴史について調べはじめたら、いつの間にやら4本立てになってしまいました。
次の「その4(江戸時代 編)」で終わりにしようと思います。
昔は歴史なんて覚えてなんになるの?と思っておりましたが、改めて自分の興味のある角度からみてみるとなかなか興味深いですね。
昔のひとの生活や文化を知ると、現在なにげなく使っていたり食べていたりするもののルーツを発見したりして、教科書に載っているような歴史も今現在と確実につながっているんだなあと、不思議な気分になります。
今回は飴や飴細工の歴史について、室町時代と戦国時代から私なりに説明してみたいと思います。
室町時代に入ると、町の辻で飴を売る行商人があらわれました。
『三十二番職人歌合』(職人を題材にして歌を詠み優劣を決める遊び)には
糖粽(とうそう・あめちまき)売りと地黄煎(じおうせん)売りの姿が描かれています。
*糖粽(とうそう・あめちまき)は、飴色をしたもち米のちまき
*地黄煎(じおうせん)は、漢方薬の地黄を煎じた汁を水飴に混ぜたもの
ちまきはともかく、地黄煎のほうは味はどうだったんでしょうね?
やはり、まだ甘味というよりは薬としての印象のほうが強い気がします。
甘いものは特別な時代だったんですね。
ちなみに、室町時代にみそ・しょうゆ・豆腐など日本料理の基本要素が出揃ったみたいです。
しょうゆ以外は中国から伝わってきた要素だったようですよ。
さらに、茶の湯・能楽・書院造など今日、文化の原型と考えられているものが確立されたのも、室町時代です。
茶の湯って今から軽く500年以上も前からあったんですね。学校で習ったはずなのに、すっかり忘れていました。
戦国時代にはポルトガルから、のちに有平糖(あるへいとう)へと発展する南蛮菓子が渡来して国内でもつくられるようになりました。
大陸との貿易が盛んになって、砂糖が輸入されるようにもなっています。
それでもまだまだ砂糖は高級品でした。
茶の湯の流行にともなって和菓子が発達し、砂糖が重宝されました。
どうやらあめ細工が発展するには砂糖が関係あるようですね。
江戸時代になると砂糖が一部で使われるようになり、あめ細工についての記述も増えてきます。
有平糖と砂糖とあめ細工。
次回はこれらについて、江戸時代から説明してみようと思います。
では、ここまで読んで頂いてありがとうございます♪
こんにちは、見習い飴細工師のnanacoです。
前回のその1では飴細工の歴史について、さらっと説明いたしました。
が、私自身?と思うところがあったので今回はもうちょっと詳しく、調べた情報を私なりにまとめて説明していこうと思います。
ちょっとマニアックかもしれません。しかも長くなってしまいました。
分かりにくくなりそうなので、軽く日本の歴史の年代を説明しますね。
それからいくつかの時代ごとに分けて説明していこうと思います。
ちなみに、調べるまでは私も時代の流れをよく覚えていませんでした(笑)
日本の歴史の流れ
・奈良時代(710~794)
・平安時代(794~1185)
・鎌倉時代(1185~1333)
・室町時代(1336~1573)
・戦国時代(1467~1575)
・安土桃山時代
・江戸時代(慶長8年1603~慶応3年1867)
まずは平安時代 編です。
飴細工の歴史は、延暦15年(796年)の平安時代、京都の東寺の建立時に飴細工がつくられお供え物としてささげられたのが始まりといわれています。
中国から渡ってきた職人が京都に住み、町で売ったことで技術が伝来し、東寺の建立時にお供え物としてささげたともあります。
(が、「飴をつくる」技術が伝来したのか「飴細工」の技術なのかよくわかりません。)
ただ、食品としての「飴」の歴史は古いです。
『日本書紀』(奈良時代に成立した日本の歴史書)の「神武紀」には、戦勝を祈願して「飴(たがね)」をささげた逸話が記されています。
でも、それがどのような飴だったかについては詳しい記述がありません。
(なのでおそらく、中国の職人によって、奈良時代より高度な「飴をつくる」技術が伝わったのではないかと思います。)
(このあと江戸時代になるまで現在のような飴細工についての記述がないことからも、やはりそう思います。)
(もしかしたら、それまで水飴状だった飴が、細工ができるとまでいかなくても固形状の飴をつくれるようになった、ということで飴細工の始まりといわれているのかもしれません。)
飴の製法まで記された具体的な記述になると、
天平宝字六年(762年)の『食物手帳』に白米を煮て「糖」とすることが記されています。
糖は当時の飴の別名です。
知っていましたか?
飴ってお米(でんぷん)からできていたんです。
なので飴細工は砂糖ほど甘くなく、ほんのりとやさしい甘さなんですよ。(ちなみに砂糖もこの時代にはありましたが大変貴重で薬として用いられていました。)
話しをもどしますね。
『延喜式』(平安時代中期の宮中の儀式や制度をまとめたもの)にも
製法や販売についての記述がみられ、水飴づくりの基本は、すでにこの時代までに出来あがっていたことがうかがわれます。
しかし当時の飴は非常に高価でした。
現在のようにおやつとして手軽に口にはできず調味料や薬用として食されていました。
そのためか、奈良時代から戦国時代までの長い間、水飴の製法はほとんど発展することがなかったようです。
わずか鎌倉時代の弘安年間(1278~1288)に、水飴と干し柿を煮てきな粉をまぶした豆飴がつくられたことがわかっているのみだそうです。
つまり、平安時代はあめ細工の始まりではあるけれども、現在のような動物のかたちをつくるにはほど遠く、コロンとした丸い飴玉のかたちですら難しかったのではないかと、思われます。
長らく書いてしまいましたが。
まだまだ書き足りません。
次回は「その3」として室町・戦国時代の飴の歴史について説明してみようと思います。
もし詳しい方が見て下さって、まちがっている箇所などありましたら教えて頂けると幸いです。
では、ここまで読んで頂いてありがとうございます!
前回のその1では飴細工の歴史について、さらっと説明いたしました。
が、私自身?と思うところがあったので今回はもうちょっと詳しく、調べた情報を私なりにまとめて説明していこうと思います。
ちょっとマニアックかもしれません。しかも長くなってしまいました。
分かりにくくなりそうなので、軽く日本の歴史の年代を説明しますね。
それからいくつかの時代ごとに分けて説明していこうと思います。
ちなみに、調べるまでは私も時代の流れをよく覚えていませんでした(笑)
日本の歴史の流れ
・奈良時代(710~794)
・平安時代(794~1185)
・鎌倉時代(1185~1333)
・室町時代(1336~1573)
・戦国時代(1467~1575)
・安土桃山時代
・江戸時代(慶長8年1603~慶応3年1867)
まずは平安時代 編です。
飴細工の歴史は、延暦15年(796年)の平安時代、京都の東寺の建立時に飴細工がつくられお供え物としてささげられたのが始まりといわれています。
中国から渡ってきた職人が京都に住み、町で売ったことで技術が伝来し、東寺の建立時にお供え物としてささげたともあります。
(が、「飴をつくる」技術が伝来したのか「飴細工」の技術なのかよくわかりません。)
ただ、食品としての「飴」の歴史は古いです。
『日本書紀』(奈良時代に成立した日本の歴史書)の「神武紀」には、戦勝を祈願して「飴(たがね)」をささげた逸話が記されています。
でも、それがどのような飴だったかについては詳しい記述がありません。
(なのでおそらく、中国の職人によって、奈良時代より高度な「飴をつくる」技術が伝わったのではないかと思います。)
(このあと江戸時代になるまで現在のような飴細工についての記述がないことからも、やはりそう思います。)
(もしかしたら、それまで水飴状だった飴が、細工ができるとまでいかなくても固形状の飴をつくれるようになった、ということで飴細工の始まりといわれているのかもしれません。)
飴の製法まで記された具体的な記述になると、
天平宝字六年(762年)の『食物手帳』に白米を煮て「糖」とすることが記されています。
糖は当時の飴の別名です。
知っていましたか?
飴ってお米(でんぷん)からできていたんです。
なので飴細工は砂糖ほど甘くなく、ほんのりとやさしい甘さなんですよ。(ちなみに砂糖もこの時代にはありましたが大変貴重で薬として用いられていました。)
話しをもどしますね。
『延喜式』(平安時代中期の宮中の儀式や制度をまとめたもの)にも
製法や販売についての記述がみられ、水飴づくりの基本は、すでにこの時代までに出来あがっていたことがうかがわれます。
しかし当時の飴は非常に高価でした。
現在のようにおやつとして手軽に口にはできず調味料や薬用として食されていました。
そのためか、奈良時代から戦国時代までの長い間、水飴の製法はほとんど発展することがなかったようです。
わずか鎌倉時代の弘安年間(1278~1288)に、水飴と干し柿を煮てきな粉をまぶした豆飴がつくられたことがわかっているのみだそうです。
つまり、平安時代はあめ細工の始まりではあるけれども、現在のような動物のかたちをつくるにはほど遠く、コロンとした丸い飴玉のかたちですら難しかったのではないかと、思われます。
長らく書いてしまいましたが。
まだまだ書き足りません。
次回は「その3」として室町・戦国時代の飴の歴史について説明してみようと思います。
もし詳しい方が見て下さって、まちがっている箇所などありましたら教えて頂けると幸いです。
では、ここまで読んで頂いてありがとうございます!
こんばんは、見習い飴細工師のnanacoです。
前のブログタイトルは「見習い」要素が強すぎるので変えようと思っていたのですが、なかなか良いタイトルを考えるのは難しいですね。
これでアクセスが増えるといいのですが(笑)
しかしちょっと問題が。
読者登録して下さった、させて下さった方のブログに載っている私の旧タイトルは変わっていないようです。どうすればいいのでしょう?
ちゃんとリンクはしているようですが。。。
混乱を招いたら申し訳ありません
ブログの操作で「こうしたい」と思っても、その操作方法がよくわからないことがまだ多いのでもどかしいです
ブログの修行もしなくてはいけませんね
前のブログタイトルは「見習い」要素が強すぎるので変えようと思っていたのですが、なかなか良いタイトルを考えるのは難しいですね。
これでアクセスが増えるといいのですが(笑)
しかしちょっと問題が。
読者登録して下さった、させて下さった方のブログに載っている私の旧タイトルは変わっていないようです。どうすればいいのでしょう?

ちゃんとリンクはしているようですが。。。
混乱を招いたら申し訳ありません

ブログの操作で「こうしたい」と思っても、その操作方法がよくわからないことがまだ多いのでもどかしいです

ブログの修行もしなくてはいけませんね
