どんな大人になりたかったか。
子供のころ、また高校・大学時代、どんな大人になりたかったか。
小学生のころに総理大臣か自転車屋になりたいと思ったことは書いた。
では職業ではなく、どんな人に、どんな大人になりたかったのだろうか。
高校のころは、東京に行くと決めていたと思う。
成績が良ければ地元の国立大学に進学することも考えただろう。
だが数学がダメだったし、共通一次は通らないだろうと思った。
そこで私立。だから東京へ行くと思っていた。
そこでどんな生活が待っていると思っていたか。
あまりイメージしていなかったというのが正直なところ。
なぜなら東京に行ったことがなかったから。
どんなところかわからなかったのだ。
そこでどんな生活をし、どんな大人になっていくつもりだったのか。
ちょっとオシャレで、時代の先端的なものを感じさせつつ、芸術や本、音楽を愛し、「やっぱり東京の人は違うわね」と地元の仲間に言われるような存在になる。そんなつもりだった。
有名画家の展覧会があれば美術館へ足を運び、クラシックや趣味のいいロックやポップスを愛し、東京育ちの仲間やガールフレンドに囲まれ……。
テレビや雑誌で見た知識から、自分の生活をイメージするしかなかった。
きっと芸術関係、ジャーナリズム関係、思想関係の仕事に就くのではないか。
そしてそれなりに出世したり、認められたりするんだろうな。
すごく漠然とだが、そう思っていた。
今思えばそこには、物質的な夢や想像ばかりで、精神的なものはちっともなかった。
心の中に、物質的な欲望しかなかったのだ。
目の前に広がっていたのは、もちろん希望に満ちた世界だったが、そこにはお金と物が転がっていただけだった。愛はただセックスだったし、夢は出世と名誉と金だった。
正直な人になるとか、人に感謝されるような行いをしたいとか、世の中の役に立ちたいとか、人間ならそういう気持ちを持ってもよさそうなものだが、そういうものはみじんもなかった。
自分がそんなに悪い人になるとは、まったく思わなかった。
自分の自己中心さや、多重人格、同一性障害などには、まったく気づいていなかった。だからそういうことは積極的に考えることはなかった。
このころに、そういうことに気づいていれば、自分の人生はどんなに違ったものになっていただろう。
きっとまわりの人たち、妻や家族、友人を傷つけることなく、愛に満たされた人生を送っていただろう。ほんとうに周りの人たちを傷つけてしまった。ひどいことをした。
自分の人生を後悔している。
この数十年間を、無駄に生きてしまった。
家族の関係を修復したい。