三人がそれぞれ別のスタジオルームで指導を受けている。
スタジオは温かみのある木製の壁と厚い吸音材で覆われていて、中心に設置されたドラムセットで、タカは集中して彼の左足はハイハットのペダルに置かれている。
彼はシンバルレガート奏法の練習に取り組んでおり、ハイハットをコントロールすることに重点を置いている。彼の足は、ペダルを軽く、かつ連続して押し下げ、独特の滑らかなハイハットの音を生み出そうとしている。
ひたいに汗をかきながら、左足の動きの繊細さとタイミングに集中してる。タカはハイハットペダルを緩めたり、強めたりしながら、半開きにするハーフオープンでシンバルの響きを微妙に変えて、一貫してリズムを保ちつつハイハットの開閉を通じて異なる音色を試みている。
彼は足の動きを調整しながら、レガート奏法の習得に取り組み、8分音符2つは三連符の1つ目と3つ目をライドシンバルを叩くようにして演奏する安定したリズムとハイハットのレガート奏法の組み合わせは、彼にとって新たな挑戦を意味していた。
ハイハットのシンバルレガートはハイハットの開き具合によって音を調節するが、ジャズのビートでは極端にハイハットを開いて演奏されることはあまりなく、少しハイハットペダルの踏む力を弱くして半開きにするハーフオープンで演奏されることが多い。
彼はため息をつき、瞬間的にフラストレーションが顔に現れる。練習を続ける中で、彼の左足は疲れ、脹脛の痛みを感じ始めている。
そして連続して、今度はライドシンバルでレイガード奏法に、四分音符の2つ目と4つ目をハイハットにチェンジする。一見地味な練習だがとにかくこれらを体に植え付けるまで繰り返す。
彼の演奏からは、スムーズで一定のビートが生まれ、それはジャズドラムの練習における彼の成長を示していた。タカはこのコーディネーションをマスターするために、繰り返し練習を重ねている。
事務所の廊下で通りかかったドラムコーチに、篠田が「どうだった？」と聞くと「５・６年やってた見たいですけど、自己流だったので基礎の技術は全然ですね。ただ、ガッツはあります。
ところで会長、”アンナの”と言ったら失礼ですけど何処で拾って来たんですか？」
篠田は「ん！ま～そんなもんだろう。俺の最後の仕事いや頼みだからよろしく」と、笑いながら「とにかく2週間は基本だけ徹底的に叩き込んでやってくれ」
「はい、ま～後は本人次第ですけど、どれだけ練習するかですね」
目の前には篠田の部下、彼のギターコーチがいる。ショウはギターを手にして、彼の指示に従うことで苦労している。コーチは辛抱強く、ジャズギターの基本的なコードやスケールを教えてくれるが、ショウの指は思うように動かない。
Maj７ ( メジャー・セブンス )・７ ( セブンス )・m７ ( マイナー・セブンス )
ｍ７（♭５） ( マイナー・セブンス・フラット・ファイヴ )・dim７ ( ディミニッシュ・セブンス )
「６弦・５弦にルートが配置されているコードフォームだ５×2だから10個のホームを覚えればキーはフレット移動で出来るから、まずコレを体に覚え込ませること。」
「2-5-1（ツウ-ファイ-ブワン）のコード進行をもう一度やってみよう」とコーチが提案する。
ショウは深呼吸をして、指を正しい位置に置く。しかしながら、コードを変えるたびに、彼の指は遅れがちで、ミュートがしっかり出来て来ないので出る音は不協和音になってしまう。
コーチは根気よく何度も同じフレーズを繰り返させるが、ショウの演奏はなかなか進歩を見せない。ギターの弦が指に痛みを与え始め、焦りとイライラが募る。
「どうしてこんなに難しいんだろう...」ショウは心の中でつぶやく。自身の不器用さと戦い、何度も同じミスを繰り返す。
コーチが流麗に奏でるジャズフレーズとは対照的に、ショウの演奏は、コーチのそれとは天と地ほどの差がある。彼の音は、まるで遠く離れた未知の地響きのような感じだ。
コーチが的確なアドバイしてくれる「左手のホームに無理があるからミュートが出来ないんだよ。もっと左の指を自分の顔の方に向けて」
練習が進むにつれ、ショウの心は疲れと失望で落胆の感情で徐々に覆われていく。初日の練習は、彼にとって挫折感を味わう時間となった。
カズはウォーミングアップとして、スケールとアルペジオの練習から始める。彼の指は慎重に弦を押さえ、メトロノームのリズムに合わせて動く。彼の心は、ベースの音に完全に没頭している。
彼は次に、ウォーキングベースラインの練習に移る。テンポをゆっくりに設定し、コードトーンとクロマティックなアプローチを組み合わせてラインを作り上げる。彼の演奏はまだ完璧ではないが、一つひとつの音を丁寧に奏でようとしている。
スタジオには、時々フラストレーションのため息がこぼれる。難しいパッセージを何度も繰り返し、タカは自分の演奏に納得がいくまで練習を続ける。練習が進むにつれ、彼の指の皮は剥け血がにじむ、手首には疲れが溜まっていく。
しかし、カズは決して諦めない。彼は、スタンダード曲のコード進行に沿って即興のソロも試みる。彼の心は音楽と一体となり、ベースから生み出される各音に彼の情熱が込められている。
あの下品な三人組がここまで真剣に取り組むのには訳があった。
おでん屋リリィでの出来事。夜、おでん屋リリィに、カズ、タカ、そしてショウが集まっていた。店内には相変わらず心地よい熱気とおでんの香りが漂っている。篠田と健二がカウンターの端に座り、彼らに向けて穏やかな声で言った。
「12月24日に俺たちで客を呼んでステージをやろうと思ってるんだが。で、メンバーが足らないんで演奏してくれないか？」と篠田が提案してきた。
三人は一瞬、言葉を失う。彼らはジャズの聴き手であり、篠田たちの昔のDVDには魅了されていたが、自分たちがあんな圧倒的な演奏なんて、出来るとも考えたこともなかった。
カズが「ジャズは……正直やったことがないし……難しいな」と口を開くと、タカとショウも同意するように頷く。
そんな彼らに、リリィが厨房から声をかける。「練習すれば間に合うわよ。大丈夫！ねっケンちゃん！」彼女の声はいつも通り明るく、自信に満ちていた。健二もこっくりと頷く。
その時、健二は三人の葛藤を察して「俺も20年以上演奏してないから、心配するな、俺も相当練習しないとな」と彼は笑いながら言う。彼の言葉には、温かい励ましが込められていた。
しかし、三人はまだ決心がつかない。カズが躊躇いながらも口にする。
「でもな～、問題山積みだよな～練習スタジオや教材の費用でとか……」タカとショウも心配そうにうなずく。
篠田が静かに微笑んで、彼らに向かって言った。「ただでとは言わんよ！演奏料として30万払う。それに、内の練習用のスタジオも当日まで無料で提供するよ。」
彼の言葉に、三人は驚きの表情を浮かべる。
その提案を受け、三人は「え～マジですか！おい、どうするやるか」カズが元気よく答え、タカは「当たり前だろ！スタジオ無料で使えるんだぞ」
ショウも笑顔で「それでいて、さらにサッ30万だぞ」と声が上ずる。
篠田は大根をたべながら、「ただしな。練習中、君たちにコーチを付けるいいかな？」
三人は更に驚いて、ショウが焼酎を拭きそうになって「レッスンコーチ付きですか～、まじ習ったこと無い。」二人も驚いて頷く。
健二も笑顔で「篠さんのとこのコーチは厳しいからな」と脅すと。
「ケンちゃん、いや健二さん、脅かさないでくださいよ。」とカズが言うとタカが、「どんなに厳しくても、こんなチャンス滅多に無いから踏ん張ります。」と気合を入れて三人頷いて大笑い。
健二も「俺も明日から酒たって練習するか」と静かに笑っていた。
リリーは大きな声で、「私も歌の稽古をしないと！レッスンコーも 篠さんよろしくね！」と言って店の中を明るく照らす。店内は彼らの新たな挑戦に対する期待と興奮で満たされていた。
夜の建築現場
夜が深まり、建築現場は静かになっていた。地下の搬入場倉庫は広々としており、その一角に健二が立っている。
彼の周囲はコンクリートと鉄骨で囲まれ、建築資材が所々に積み上げられている周りは誰もいない。わずかな光が天井の蛍光灯から放されて、健二の孤独な姿を照らしている。
彼はケースから慎重にトランペットを取り出す。久しぶりの練習だが、彼は穏やかな表情でトランペットを見つめ、まず、リップスラーと呼ばれるリップの柔軟性を高めるための練習から始める。
彼はまず、マウスピースに唇を軽く当て、ゆっくりと息を吹き込みながら、スムーズに音程を変えていく。最初の音は少し不安定だが、徐々に彼の音程は安定していく。
続いてタンギングの練習をしてみる。まずはシングルタンキングから、正確さと清潔さを目指すが、ブランクが有りすぎるので中々自分の思っているようには行かないが、少しずつ体の奥から蘇ってくるようだった。
その後、ダブルタンキングやトリプルタンキングにアーティキュレーション（発音の仕方）も少しずつだが、思い出していった。
健二は、基本的なスケール練習から始めるが、彼の指は少し硬く不慣れな動きを見せる、徐々にだが柔軟性を取り戻していった。彼の演奏は、この静かな倉庫に響き渡り、空間を満たしていく。
続いて、健二はコード進行を頭の中で思い描きながら、その旋律を表現しようとする。彼の演奏は、時折躊躇いを見せるが、彼は繰り返し練習を重ねることで、次第に流暢さを取り戻していく。
倉庫の空間は、健二のトランペットの音色で満たされる。彼の演奏には、長年の経験と深い情感が込められて、彼は今の自身と昔の自分との対話のように、トランペットを吹き続けた。
練習が進むにつれ、健二の唇は疲れを感じ始めるが、彼は演奏を止めない。彼の心は音楽に完全に没頭しており、トランペットからの一音一音が、彼の情熱と久しぶりの再会を映し出している。
建築現場の夜が深まるにつれ周囲は静寂に包まれてるが、耳を澄ますと微かに健二のトランペットの音色が聞こえている。ただそれも冬の木枯らしの音でかき消されていた、冬の木枯らしと共にどこか遠くへと運ばれていくように。
夜が更に深まると健二は練習を終え、彼はトランペットをケースにしまいながら、久しぶりの演奏に満足感を感じているようだった。
冬の寒空の下、光が乏しい工事現場は月明かりと稀な星々の輝きだけが頼りだった。健二が静かな倉庫を後にすると、彼の一歩々が凍てつく地面に響く。
夜空は澄んでおり、星々がきらめいている。彼の息は白く霧となり、冷たい空気が肌を突く。それでも健二の心は暖かい、静かな倉庫を後にする彼の背中は、再び音楽への情熱を取り戻した充実感に満ちていた。
スタジオ練習を開始して三日目の夜、練習をお得た三人がリリィの店で飲んでいる。リリィの店は温かく、外の冷気とは対照的な心地よさがあった。店内はいつものように穏やかな熱気に包まれている。
カウンターには、カズ、タカ、ショウの三人が座って焼酎のお湯割りを飲みながらそれぞれの話をしている。
彼らの手には痛々しい絆創膏やテーピングが施されており、その姿は毎日の厳しい練習の痕跡を物語っていた。
「リリィ、たまごちょうだい！」タカが声をかけると、リリィはにこやかに応じた。「お疲れさま、今日も一日がんばったわね！」
ショウが疲れた表情で話し始める。「今日も5・6ルートのコード練習オンリでさ、手がつりそうだったよ……」
タカがそれに続けて、「俺はハイハットのタイミングが全然合わなくてさ、足がパンパンになっちゃって……」と苦笑い。
リリィは彼らに励ましの言葉をかける。「最初はみんなそうよ。でも、毎日コツコツやれば、きっと上達するわ。あきらめないで！」
その時、店のドアが開き、冷たい風とともに健二が入ってきた。彼の手には、篠田から贈くられて来たさつま揚げ入った袋があった。
彼はカウンターに座り、リリィに微笑みながら「こんばんは、これ、篠さんからのお土産だって。」
リリィが喜んで、「ケンちゃん、ありがと！これで今夜は特別なおでんになるわね！」と言いながら、調理し始めた。
健二が三人を見て、「お、練習の成果はどうだ？頑張ってるみたいだけど」と尋ねた。
カズが答える。「まだまだですけど、少しずつ進んでるのかどうか？良くわからないです。」
健二がお通しをつまみながら、彼らにアドバイスをする。「練習は焦らずにね。大事なのは、毎日少しずつでもいいから、続けることだよ。そして休むことが大切だよ。」
三人は健二の言葉に耳を傾け、練習のコツについて質問を投げかけた。彼らは聞きたいことが山のように出てきて、ショウは半べそをかきながらうまく行かないことなど、健二に話していた。
健二は彼らの質問に丁寧に答え、「今、君たちがヤッている練習は、どんな名プレーやでも何時もヤッている練習だよ。」三人は真剣に健二の言葉に集中している。
「それはね、プロでも自分の基準がぶれていないか確かめる練習でも在るんだ、君たちは今、自分の基準を作っている最中だと思って」彼らの不安を和らげるようなアドバイスをした。
ショウが頭を掻きながらが「すいません。健二さん、俺頭悪いから良くわからないけど、基準ってなんですか」と申し訳無さそうに聞いてみた。
健二の目は三人を優しく見つめていた。
「音楽における“基準”っていうのはね、自分のリズム感や音色の感覚のことだよ」と健二が話し始める。彼の声は穏やかで、彼の深い音楽理解がその言葉に込められていた。
彼はカウンターに置かれた焼酎グラスを軽く回しながら、ゆっくりと語り続ける。「この基準を持っていると、セッションで他の人とどう合わせるか、どう調整するかが分かるんだ。それぞれが違う基準を持っているけど、その違いを理解することで、一体感を作り出せるんだよ。」
ショウ、タカ、カズは健二の言葉にじっと耳を傾け、彼の話に引き込まれていた。リリーが横からニコリと微笑みながら、篠田のお土産のおでんを三人に差し出す。
「お互いの基準を理解して調和を生み出す、それがセッションの真の楽しみなんだ」と健二が続ける。
彼の言葉は、長年の経験からくるもので、三人にとって音楽の新たな扉を開くようだった。
健二は彼らに向かって、最後に優しく言った。「音楽はただの音符の羅列じゃない、それは心を通わせるものなんだ。そして、その時だけ出来る物語を他のメンバーと造り合う作業だよ。24日は一緒に最高の音楽と物語を作り出そうな、楽しみにしてるよ」
彼の言葉は、彼らに初めて決意と音楽に対する理解の光が浮かび上がっていた。三人の心に深く響き渡り、彼らは感謝の眼差しを健二に向けた。
リリィの店の暖かさの中で、三人は健二の話に耳を傾けながら、おでんを楽しんでいた。外は冷え込む夜だったが、店内は彼らの熱意と共に温かかった。
ここで終われば、美しい話だったが、 突然タカが真面目な顔で健二に質問した「トランペットって唇にタコできるんですか？」
健二は一瞬驚いた後、笑いながら答えた。「ああ、出来るよ。ラッパ系は全部そうだな、最初は痛くて腫れるけど、タコができると大丈夫。なんでそんなこと聞くんだ？」
タカは少し照れくさそうに、「えっと、トランペット吹く人ってキスするとき相手に不快感与えないのかなって思って……」
健二は、一瞬 焼酎を吹きそうになり大笑いし、「おいおい、そんなこと考えたこともなかったよ！」
カズがタカの頭を軽く叩き、「お前、何！馬鹿なこと聞いてんだよ。お前がラッパ吹くことないだろ！」とからかった。
タカは苦笑いしながら、「いや、ちょっと気になったんだよ、ハハ！」と言い訳した。
リリィも頬に手を当てて会話に加わり「そうね～確かに、でも相手の事好きならいいんじゃない」と真剣に答えてる。
その時、ショウが会話に加わり、「あっコイツ、ラッパ吹きの女子に目をつけたんだろ！誰だよッ」と冗談交じりに言った。
「ええ、そんなことないって！」とタカは慌てて否定し、ショウが続けて「第一お前の、その顔のほうが不快感だろ」言うと全員、笑いをこらえきれず店内は笑い声で満たされた。
彼らの間の冗談と友情が、この楽しい夜を彩っていた。三人の下品さの基準は出来上がっているようだった。
John Coltrane（ジョン・コルトレーン） - "Giant Steps"
この曲はジャズの複雑さと美しさを象徴しており、三人が直面している音楽の挑戦と努力に会っているようなないような。（笑）
ジョン・コルトレーンの「Giant Steps」はジャズ史上最も有名な作品の一つで、1960年にリリースされたアルバム『Giant Steps』のタイトル曲です。この楽曲はコルトレーンの革新的な作曲能力と即興演奏の技巧を象徴しており、ジャズ音楽における重要なマイルストーンとなった。
この楽曲は、非常に速いテンポで演奏される複雑なハーモニーが特徴ですが、コルトレーンは、伝統的なジャズのコード進行とは異なる自ら開発した「コルトレーン・チェンジ」と呼ばれる独特のコード進行を使用してた。
Miles Davis - Blue In Green
この曲は感情的で内省的なムードを持ち、健二の情熱的でありながらも、内省的な側面を表現するのに適しているかな。多分
「Blue in Green」は、伝説的なジャズ・トランペット奏者マイルス・デイビスの有名な曲でこの曲は、彼の1959年のアルバム「Kind of Blue」に収録されており、ジャズの歴史において非常に重要な作品とされている。このアルバムは、モーダル・ジャズのスタイルを確立し、ジャズの方向性に革命をもたらした。
「Blue in Green」は、そのメランコリックで美しいメロディが特徴で、しばしばジャズのバラードの傑作として称賛されている。
曲は穏やかなペースで進行し、デイビスのトランペットの音色が中心となっている。また、ビル・エヴァンスのピアノ演奏もこの曲の魅力を最高に高めていますね。
健二がこの曲を演奏することで、彼の感情的な深さや、彼が経験してきた人生の複雑さを表現することが出来るような出来ないような。あれッ？