発達障害児とママが楽しく明るい将来に向かって | 広島 imuaイムア -15ページ目

発達障害児とママが楽しく明るい将来に向かって | 広島 imuaイムア

発達障害児のママであるわたしは、穏やかに前向きですごしたいと思っています。
もちろん、後ろ向きになる日だってあります。
ママが笑顔なら、こどもも笑顔になるでしょう?それが何よりも癒しになる。
イムア imua とは ハワイ語で 前へ という意味です。

 

 

☑ 【2021年】息子の小学校卒業 ①

 

からの、

 

つづきです。

 

 

卒業式を迎えた数日前、

 

金曜日の夕方でした。

 

 

ピンポーン!とインターホンが鳴ったので、

 

息子が放課後デイから帰ってきたと思い、

印鑑を持って玄関のドアを開けました。

 

 

すると見知らぬ女性が立っていて、

数秒、時が止まりました。

 

「〇〇です」と名乗られて、

 

!!!

 

数年前に体調を崩されて退職された

息子の補助をしてくださっていた先生でした。

 

2,3年生のときの先生です。

 

マラソン大会の日が最後の日で、

急いでお花を買ってきて、

手紙を泣きながら書いた記憶があります。

 

 

そう!

事務室の先生に住所を教えていただいたのは

この先生の住所でした。

 

 

先生は隣の市に住んでいて、

あの大雨の災害のとき、

被害が大きかった地域だったので、

 

退任されたあとでしたが、

「大丈夫ですか?」と

ショートメールしたことがありました。

 

「返信しようと思ったけど、

どうやってするのかわからなくて、

電話しちゃったー-」と

無事であることを教えてくださった時以来です。

 

 

 

 

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そうそう、

この先生が辞められたあと、

 

息子を連れて行った朝の教室の片隅で、

偶然、見つけたんです。

 

息子のために頑張ってくださっていたこと

自分が去ったあとのことも気にかけてくださってたことを。

 

 

 

この先生、

お住まいの市の小学校の卒業式が

この金曜日に行われたので、

 

息子の小学校も同じかなと思って、

お祝いに来てくださいました。

 

 

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事務室の先生から住所を教えていただいたこと、

中学は特別支援学校へ進学することなど、

 

話をしていたら、

デイの送迎で息子が帰ってきて、

 

先生はとても喜んでくれていたけど、

息子は、

先生のことを分かっているのか、分かっていないのか、

 

???な顔をしていました。

 

 

 

後から思ったんだよね、

先生と写真撮っておけばよかったって。

 

 

 

 

つづきます。

 

  【2021年】息子の小学校卒業 ③

 

 
 
ちょうど1年前のことになります、
この時期を逃すと、
 
って書いたのが、3月。
 
そのままアプリ保存されたまま、
すぐに4月。ヤバイ。
 
 
 
昨年、2021年のことを今更ながら書いておきます。
 
 
息子は6年間、
地域の小学校の特別支援学級へ通いました。
 
毎朝、
教室まで送っていきました。
 
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たまー-に、
旦那さんが送っていくこともあり、
卒業前にもありました。
 
 
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学校の先生も様々で、
6年生のときの先生は、
とても真面目で、心配性でもあって、
 
いつ発作がおきるかわからない
息子には、一人で階段を行き来させることはせず、
かならず、手をつないでたみたいでした。
 
が、
普段、常に手をつないでいられるわけにもいかないので、
わたしたち家族は自由にさせてます。
 
体重も20キロ後半と増えてきて、
しっかり手をつないでいるときに
急に発作で倒れたとしても、
 
スルリと手が離れてしまうこともあるので、
 
これはもうどうにもならない自然の摂理的な。
 
 
6年生はしょっちゅう早退の連絡がきました。
てんかん発作後にぼーっとすることが多くて、
それは以前から変わらないことですが、
 
早退するか学校で様子をみるかは、
担任の先生の考え方次第なので、
 
これも先生によって呼ばれるか呼ばれないか、
まったく違いました。
 
じいちゃんにもよく迎えに行ってもらいました。
息子にとってじいちゃんは「ご褒美的存在」なので、
 
ぼーっとしていても
じいちゃんが迎えに来たとわかれば、
 
寝ていても、すぐに飛び上がって
ニコニコしながら、
じいちゃんと手をつないで
先生たちにバイバイして帰っていきます。
 
だから先生は
そんなに元気になるなら帰してよかったのかな…と
毎回思ったりしてたみたいですけど。笑
 
 
 
卒業を迎えるにあたり、
今までお世話になった
元担任の先生や、補助員の先生方に
お手紙を出そうと、考えていました。
 
退職時や年賀でお手紙をくださった先生の
住所はわかるのですが、
 
一人の先生の住所がわからなくて。
体調を崩されて退任されていたので
お元気にされているのかも不明。
 
 
このご時世、
なかなか個人情報は教えてもらえないのだろうけど、
 
3月に入り、
事務の先生に相談してみることに。
 
息子の忘れ物を届けに行ったときに
ちょうど、正面玄関で掃除されてたので、
 
チャーーーーンス!!
 
 
「お手紙を出したいので」と相談したら、
「わかった!調べておくね!」と快く引き受けてくださり、
 
よかったー--と帰宅した数分後、
 
事務の先生が「すぐにみつかった!!」と
住所を書いたメモを持って、
自宅まで走って持ってきてくれました。笑
 
(自宅は学校の校門から数分のところ。
事務の先生はおそらく70歳近いのだと思うけど。)
 
ありがたいー---✨
 
 
 
 
つづきます
 

 

 
 





あけましておめでとうございます🎍



ほんっっっっと、

昨年1年間、

更新しませんでした。



叔父が亡くなったときのことを

一昨年の年末に書いていて、


年末年始は、SNSは一切開かずに過ごしました。

↑この年末年始っていうのは、2021年前後のこと。




そこから、

書くタイミングが無くなり、


いやいや!

息子は無事に中学生になり、

隣町の特別支援学校へ入学しましたし、


小学校卒業についても

ステキなことが沢山あったのだから、

書けたのだけど。




更新しない間も、

読者登録してくださる方がちらほらいて、


あー、

更新日時確認してないんだなー、

ビジネスだなー

って思ったり、


ほんと申し訳ない気持ちにもなったり。




FacebookやInstagramはちらほらやってましたが、

アメブロは、いくつかのブログを読む程度で。



ほんとは、

書きたいこと、たくさん増えてました。


それは

子どもたちのことだけでなく、

まずは自分自身についてだったり、


大切なことをお伝えしたいと思っています。



だから、

今年2022年は、書いていきますね!


マイペースだけど。笑





新年が明けて、


近所の神社やドライブがてらの神社だったり、

あちこちお詣りして、



今日は、子どもたち冬休みラストの日。


娘がスイミングスクールに行ってる間、

待ち時間に、

デイを休んだ息子と(単にわたしがお弁当作りたくなかった 笑)


隣町の神社へお詣りしたのが、

一番最初の写真です。


猫ちゃんがたくさんいましたー。






先日2歳になった、うさぎのマロ


そして、


年末に、家族に仲間入りした、

桜文鳥のつぶあん


いま、生後50日くらいかな。




…マロはブログに登場してたのか!?

それすらもわからない。笑



どうぞ、

よろしくお願いします♡





 

 

独身の伯父さんが亡くなった話。①

 

独身の伯父さんが亡くなった話。②

 

 

 

三兄弟の末っ子である、

うちの母が喪主。

 

そのとなりに、

おばちゃん(母の姉)とおじちゃん夫婦。

 

 

他の椅子には、

 

うちの父と、

うちの息子と、

 

わたし。

 

 

 

もう一つの椅子には、

 

わたしの妹と、甥っ子。

 

わたしの娘と、旦那さん。

 

 

10人だけのこじんまりとした通夜・葬儀は

 

控室のテレビで

カープの試合を見て、

ホームランで騒いだり。

 

 

元ボクサーというお坊さんは、

 

「〇〇さん(おじさんの名前)、無事に葬儀が終わりましたよ」

棺の小窓を開けて、

おじさんに話しかけてくれたり、

 

 

 

浄土真宗の葬儀には今まで何度も

列席してきたけど、

 

はじめて!!

 

お経をあげたあとに、

 

お坊さんが一人で歌をうたってくれました。

 

 

 

ほんと、自由だわ。

 

お経も、実は、音程があって、

歌のようだもんね。

 

 

 

葬儀が終わったあと、

 

10人そろって、

おばあちゃんのおうちへ。

 

 

 

うちの父と母は

おじさんが亡くなったあとに

一度、来ていて、

 

「ものすごい大変なことになっとる!」

と言ってたのですが、

 

 

「もういい、靴のまま入った方がいいから」

言われ、

 

 

10年以上ぶりに入った

おじちゃんが一人で過ごしていた、

おばあちゃんのおうち

 

 

靴のまま、中に入ったら、

小さい頃から感じていた

おばあちゃんの家の匂いが迎えてくれましたが、

 

 

物が散乱していて、

洗面所の床は抜け落ちていて、

トイレは・・・(省略)

 

とんでもないことになっていました。

 

 

 

続く。

 

 

独身の伯父さんが亡くなった話。①

 

 

 

伯父さんが亡くなったと連絡があったのが

朝8時まえ。

 

 

うちの母と父が病院へ向かいました。

 


幸いにも

隣の市町なので、

 

車で30分ほど。

 

 


通夜が今日になるのか明日になるのか、

礼服をどうしようかと考えつつ

(結婚したときに買った礼服が着られない 汗)

 

わたしは仕事へ向かいました。

 

 


 

通夜は明日、

葬儀は明後日と決まり。

 


 

葬儀場は、

今年、親戚のおばあさんが亡くなられたときに

使った葬儀場で、

 


その葬儀のときに

「ここ、いいね。

おばあちゃんのときはここがいいかもね」


母たちが話してたそうで、

 



まさか、

おばあちゃんより先におじちゃんのお葬式になるとは

誰も思ってなかったけれど。

 

 


亡くなって知る、

おじちゃんの年齢、71歳。

 (今まで、母に聞いてもよくわかってなかった)




おばちゃん(母の姉)にも

普段、あまり会うことがなく、

 

会えば大笑いするほどの話をするのだけれど、

おばちゃんに年齢を聞いたら、

「48歳」と言われ、

 

わたしとさほど変わらんじゃないか!

と、

そのまま笑って誤魔化されました。笑

 

 

 

遺影はどうしたのかと思えば、

すごいですね!!!

 

運転免許証の写真から作れたそうで。

 

 


喪主も

順番で言えば、

おばちゃんなのですが、

 

3人兄弟末っ子の

うちの母が喪主でした。

 

 

なんとも自由な家族葬。

 

 

 

おじちゃんにメッセージをどうぞ、と

色紙と折り紙などを

式場の方から渡されて。

 


ほとんど交流がなかった私たちが

おじちゃんに何のメッセージを書くの?

 


ググってみると

写真はたくさん出てくるので、

今、流行りなのね。

 

 

小学3年生の娘と甥っ子に

なにか絵を書いて、と

お願いし、

 

妹がググって

折り紙をおって、

 

なんだか素敵なものになりました。







・・・おじちゃんの妹たちは

何も書こうともしなかったけどね、やっぱ 笑

 

 


わたしの娘と甥っ子と、

妹と

わたしの旦那さんと

(一度も会ったことないのに!!!爆笑)


そして、わたしが書きました。




棺(ひつぎ)に、

おじちゃんが好きなものを一緒に入れてあげられたらと


「おじちゃん、好きなものはなんだったの?」と

母に聞いたら、



「宝くじ」

と言われまして。



入院時にも持っていた、

おじちゃんのかばんには、



たくさんのロト6の紙や宝くじが入ってたそうで。笑





それらは、さすがに棺には入れられないなぁと思って、

「天国で宝くじを当ててね」とメッセージを書きました。






 

あ、

特養に入所中のおばあちゃんは、

 

おじちゃんが亡くなったことを

認識するのは難しいだろうし、

 

このコロナ禍で外出することは難しく

 

通夜・葬儀には参列しませんでした。

 

 

 

 

続く。