発達障害児とママが楽しく明るい将来に向かって | 広島 imuaイムア -14ページ目

発達障害児とママが楽しく明るい将来に向かって | 広島 imuaイムア

発達障害児のママであるわたしは、穏やかに前向きですごしたいと思っています。
もちろん、後ろ向きになる日だってあります。
ママが笑顔なら、こどもも笑顔になるでしょう?それが何よりも癒しになる。
イムア imua とは ハワイ語で 前へ という意味です。

 

 

過去生を知ったことで

わたしがどのように感じたのかを

いくつか、ご紹介しています。

 

 

【過去生のわたしを癒す】平安時代の障害児でした

【過去生のわたしを癒す】人斬り侍だったことがあります

 

 

人斬り侍のお話、

ちょっと怖かったかなー-?

 

わたし自身は、怖いとかなかったんですけど。

 

人を殺めるということについて

良い悪いの視点で、捉えずに

過去生をたどったので。

 

 

読んでくださった方は、怖がらせちゃったかな?と

思って、

 

今回は、ちょっと、

キュン♡な内容をチョイスしました。笑

 

 

 

 

皆さん、

好きな芸能人や有名人の方って

一人二人、・・・三人は、いますかね??

 

 

わたしは30代までは不動の3人の推しがいました。

 

いや、今もめっちゃ大好きですけど!!!

 

 

14年まえ (え!もうそんな前のこと!)

 

自分の結婚式の席順?のパンフレット?に

旦那さんとわたしのプロフィールを載せたんですけど、

(今はどうか知らないけど、それが当時流行ってた。)

 

 

 

わたしの好きな有名人の欄、

 

木村拓哉・美輪明宏・前田智徳

 

って書いてました。

 

学生時代からの知り合いは、

これはよく知ってると思います。笑

 

 

 

そんで、

今回は、このわたしのTOP3の話ではないんですけど
(違うんかい!)

 

 

夢に有名人が出てくることって、

ありますよね?
ないです???

 

 

基本、目が覚めたら、夢の内容って

あんまり覚えてないんですけど、

 

推しが出てきたときは、

目が覚めた瞬間から、

幸せオーラというか、ふぁああ♡♡ってなって(どんなん)

 

どんなに辛い仕事の日でも、

ウキウキ頑張れちゃったりします。

 

 

 

 

で、

2,3年まえくらいの話なんですけど、

 

上記TOP3に、入り込んでくるくらいの勢いで、

若い俳優さんが推しになりました。笑

 

 

 

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そんで、

 

夢で、何かたくさん話をしたんですよね、彼と。

 

たぶん、大切な話をしたんだと思うんだけど、

それは、覚えてなくて、

ただ、ダウンロードされたのかと。

(それはまた別の話になっちゃいますけど)

 

 

 

で、

 

「のんちゃん!!!」

 

って、わたしの名前を強く叫ばれたのが、

目が覚めても、ハッキリ覚えていて。

 

 

え!なんでわたしの名前知ってんの????

(夢だからよ)

って、寝起きから、びっくりしたんです。

 

だから、この夢のことを忘れられずにいました。

 

 

 

 

そのあと、

 

1年くらい経ってからかな、

レムリアやインナーアースについて学ぶことがあり、

 

過去生で、レムリアに居たことを気づき、

どんな過去生だったか、自分で確認することにしました。

 

 

 

金星での感覚で過ごしていたら、

(金星にもいたことがあるみたい)

 

良い行いだと思ってやったことが、

地球では、そうではなかったので、

レムリアが無くなっていくきっかけの一つに

関わってしまいました。

 

だから、

 

レムリアが無くなるとき、

わたしもレムリアと一緒に亡くなってしまおうと

心に決めました。

 

 

他の土地やインナーアースなどへ

逃げていく人が多いなかで、

 

わたしは、豊かな森のなか、

一人で自然と共に静かに過ごしていました。

 

最後まで、

一人見守って心配してくれる人がいました。

 

それが、彼でした。

 

 

 

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弥山山頂の方とかも、居たんだと思うんですよねー-

 

 

この過去生を辿るまで、

 

有名人とわたしが!?なんて思ってましたけど、

 

今までの多くの過去生を生きてきているのだから、

接点があってもおかしくないんですよね。

 

今の家族だって、

何度も一緒に過ごしてることもあるし。

(旦那さんがわたしのお母さんだったこともあります)

 

 

過去生で一緒に過ごしてたなんて、

なんか、嬉しいですよね♡

 

 

 

 

それでですね、

 

ここ数カ月の間に、

 

また!

ドハマりした若い俳優さんがいまして、笑

 

 

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この俳優さん、若いのはわかるけど、

一体、何歳なんだろうー--?って

 

仕事の合間に検索したんです、

コンビニの駐車場で、次のサービスまでの待ち時間に。

 

 

そしたらさ、

 

誕生日がわたしと同じ、3月1日でさ!!!!

 

!!!ポーンポーンポーン

 

 

 

衝撃すぎて、

社用車に、ついていかなきゃいけないのに、

(わたしは自分の車に乗ってました。
現地解散の場合は、自分の車で移動することもあります)

 

社用車が出発したのを、見落として

一人コーフンしてたという・・・真顔

 

 

たくさん雑誌買ったし、

映画3回観に行ったし、

オンラインイベントっていうのも視聴したし、

 

40代でも、初めてやることってたくさんあるんだなって

ほんと、実感してます。

 

 

 

「誕生日が一緒」っていうことで、

こんなに勝手に親近感持つなんて思ってなかったけど、

 

なんかあるんだろうなって思います。

こんなにハマるっていうのは。

 

 

どっか過去生か未来で出会ってるんだろうけど、

それを今すぐ知りたいというわけでもないので、

 

そこはまだ確認してません。

 

知りたくなったら、確認するだけ。

それだけのこと。

 

 

 

ただ、

 

人生にはキュン♡が必要

 

ってことは、よー--く実感してる、今日この頃です。

(仕事も家庭もうまく回る 笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ息をして存在してるだけで、愛されて大切にされている。

動けないって思ってたけど、這ってみたらめっちゃ楽しかった。

そんな人生。

【過去生のわたしを癒す】平安時代の障害児でした

 

 

 

自分ですべてやらないと生きてこれなかった。

だから殺めたし、それは覚悟の上。

そんな人生。

【過去生のわたしを癒す】人斬り侍だったことがあります

 

 

 

夢でなぜ名前を呼ばれたのか?

それはレムリアでずっと見守ってくれていた人でした。

【過去生のわたしを癒す】憧れの推し♡と過去生で出会っていた!!!

 

 

 

「どうせわたしのことわかってくれんでしょ?」

待って、この感覚、なんでずっと持ってるの?

それは、家族の縁がなく辛かった人生でした。

【過去生のわたしを癒す】「この思い込みって、何!?」から過去生を知る

 

 

 

 

あなたも自分の過去生をのぞいてみませんか?

過去と今のわたしを癒すお手伝いを致します。

↓↓↓

 

 

 

 

 

 

過去生を知り、過去のわたしと繋がり共感することで

過去と現在のわたしを癒すことができます。

 

すると、

いま、ますます生きやすくなっていきます。

 

 

そんな、

わたしの経験をご紹介しています。

 

 

 

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以前からずっと行ってみたかった、日御碕神社下之宮 経島
 

 

 

かなり前に、

これも人から教えていただいた過去生です。

 

武士というのか侍というのか、

その違いは、細かいことを言えばあるみたいですが、

 

侍の方がなんだか好きなので。笑

 

 

教えていただいた過去生は、

多くの人を殺めてきた侍」です。

 

 

その過去生で感じていた、

「なんでも自分でやらなければならない」という感覚が

現生のわたしも握りしめているため、

人に頼ることが苦手。

もっと人に頼っていくことがとても大切。

 

というアドバイスをいただいたのを覚えています。

 

 

 

 

わたし、長女ということもあって、

そういう感覚があることに違和感はありませんでした。

そういうもんなんだろうなと。

 

それに、

幼いころから、

自分でできるように

勉強も技術も身に着ける連続だったでしょう?

 

だから、

できることは自分でやるっていうのが

大人の当たり前だと思っていました。

 

 

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大好きな♡出雲大社 北島国造館

 

 

 

でも、それだと

やっぱり疲れてきて、

エネルギー不足になっちゃうんですよね。

 

やりたいことをするまえに

やらなければならないことをこなす日々。

 

いつまで経っても、やりたいことができない。

 

 

数年経って、

自分でも過去生をみることができるようになって、

 

あの人斬り侍は

どんな人生を送っていたのだろう?

と、ふと思い、確認してみることにしました。

 

(全く関係ない話ですけど、

高校生のとき、「御家人斬九郎」という時代劇にハマりました。

渡辺謙さんがされてたんですけど、

貧乏御家人のため、内緒で頼まれた人斬りをやるというような

内容だったと思います。

原作も買ったくらい。)

 

 

 

人を斬ることに抵抗はなかった。

それが、自分にとって生きるということだったから。

 

自分が生きるために、食べるために、

自分を守るために、

頼まれれば、何人でも斬った。

 

斬ることに感情はなかった。

ただ、淡々とこなすだけ。

そんなことに心を揺らしていたら、

なにもできなくなる。

わたしは強いわけではない。

 

日々、淡々とこなすことを繰り返せば、

心は反応しなくなる。

 

人を殺めた数はもう数えられない。

だから、

わたしが亡くなったのちは、

地獄へ落されるだけのこと。

 

 

 

この侍の人生は、

斬られて終わりを迎えました。

 

とてもとても高さのある冷たい滝の下、

斬られて、水の中に倒れました。

 

人に看取られるわけでもなく、

ただ静かに終わりました。

 

水の中で息絶えたことが

最後、幸せのように感じた人生でした。

 

 

気づけば、いつも一人でした。

 

幼き頃、いつの間にか家族は居なかったし、

自分でやらなければ、生きてこれませんでした。

 

こういう生き方しかできませんでしたが、

自分で納得した上での生きた道でした。

 

 

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娘も大好きな稲佐の浜
工事されているのがとても残念。遠くにいるのは、息子と旦那さん。


 

 

この過去生でのわたしの想い、

そして、人生の最後を知ることで、

 

わたしは、

「自分一人でなんでもやらなければならない」

という呪縛が

 

スルリと溶けてなくなったように感じました。

 

 

 

一人で、人を殺めなければ

生きられなかった人生。

 

その過去生に触れることで、

 

過去生のわたしも

現生のわたしも、同時に癒されたように感じました。

 

 

 

過去も現在も未来も

同時進行で進んでいると捉えたら、

 

どんなにつらい体験も

自分自身で癒して、浄化させることができます。

 

 

 

 

 

 

 

ただ息をして存在してるだけで、愛されて大切にされている。

動けないって思ってたけど、這ってみたらめっちゃ楽しかった。

そんな人生。

【過去生のわたしを癒す】平安時代の障害児でした

 

 

 

自分ですべてやらないと生きてこれなかった。

だから殺めたし、それは覚悟の上。

そんな人生。

【過去生のわたしを癒す】人斬り侍だったことがあります

 

 

 

夢でなぜ名前を呼ばれたのか?

それはレムリアでずっと見守ってくれていた人でした。

【過去生のわたしを癒す】憧れの推し♡と過去生で出会っていた!!!

 

 

 

「どうせわたしのことわかってくれんでしょ?」

待って、この感覚、なんでずっと持ってるの?

それは、家族の縁がなく辛かった人生でした。

【過去生のわたしを癒す】「この思い込みって、何!?」から過去生を知る

 

 

 

 

あなたも自分の過去生をのぞいてみませんか?

過去と今のわたしを癒すお手伝いを致します。

↓↓↓

 

 

 

 

 

どんな人でも、何度も生まれ変わってきて、

過去生がいくつもあります。

 

毎回、自分で

「どんな人生を経験したいのか」

設定をして、生まれてきています。

 

その設定は、生まれてから

人間界になじむと、忘れてしまいます。

 

 

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過去生で経験した感情やトラウマを

今世でもそのまま持っていて、

 

それが生き苦しさにつながっていることがあります。

 

そこの部分を

自分で知って、自分で癒やす。

 

そうすると、浄化されていって、

過去生のわたしも、今世のわたしも

満たされて、楽になっていきます。

 

 

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先日、ドライブで行った八重垣神社

 

 

 

いくつか、わたし自身の体験を書いてみますね。

 

 

わたしは最初から自分の過去生について

知ることはできませんでした。

 

だって、そんなスピリチュアルな才能なんて

無い!と思ってたから。

 

なので、

何人かの方から教えていただくことからスタートしました。

 

敬子さんには、たくさんの過去生について教えてもらったな♡

 

 

 

その中で、

 

平安時代、裕福なおうちに生まれたわたしですが、

足が悪くて、寝たきりで過ごす子どもだった過去生がありました。

 

 

その世では、

障害のある子ならば、早々に手放していてもおかしくない。

 

だけど、

父も母も大事に育ててくれていました。

大きなお屋敷で、多くの女中さんたちもいましたし。

その父は、今世でのわたしの息子です。

 

わたしは穏やかに静かに、家の中で過ごしていました。

 

 

 

敬子さんにこの過去生を教えてもらったのは、

リコネクションを受けた前のことで、

 

リコネクションを受けてた最中に、

 

その過去生のわたしは、ニコニコ笑って、

長い廊下を這って、動き回って楽しそうにしていました。
(それを女中さんたちが大騒ぎで追いかけてる)

 

 

 

過去生を知り、何らかの施術を受けたりすることで

過去生のわたしを癒すことができることを知りました。

 

過去生も今世も未来も、

常に同時進行で進んでいるので、

過去生のわたしを今癒すことができるんです。

 

 

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その後、

数年経って、

 

かずちゃん

さとう式リンパケアの施術を毎月受けていたとき、

 

施術中に気づいたんです。

 

あ、かずちゃんがあの平安時代のときのお母さんだ!と。

 

施術中の触れるかずちゃんの手が

平安時代のお母さんが触れる手と同じでした。

 

 

 

 

そして、

その後、ふとした瞬間に、

 

 

平安時代のわたしが、

自分の葬儀の列を

空から見ている光景が浮かびました。

 

10代くらいで亡くなりました。

お父さんとお母さんにとても感謝していました。

そして、先に逝ってごめんなさいと。

とても穏やかで温かい感情でした。

 

 

足に障害を持っていたけれど、

とても愛されていて、

とても楽しく満ちた、幸せな生涯でした。

 

 

 

とても穏やかな気持ちでいることに

今のわたしも嬉しくなりました♡

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ息をして存在してるだけで、愛されて大切にされている。

動けないって思ってたけど、這ってみたらめっちゃ楽しかった。

そんな人生。

【過去生のわたしを癒す】平安時代の障害児でした

 

 

 

自分ですべてやらないと生きてこれなかった。

だから殺めたし、それは覚悟の上。

そんな人生。

【過去生のわたしを癒す】人斬り侍だったことがあります

 

 

 

夢でなぜ名前を呼ばれたのか?

それはレムリアでずっと見守ってくれていた人でした。

【過去生のわたしを癒す】憧れの推し♡と過去生で出会っていた!!!

 

 

 

「どうせわたしのことわかってくれんでしょ?」

待って、この感覚、なんでずっと持ってるの?

それは、家族の縁がなく辛かった人生でした。

【過去生のわたしを癒す】「この思い込みって、何!?」から過去生を知る

 

 

 

 

あなたも自分の過去生をのぞいてみませんか?

過去と今のわたしを癒すお手伝いを致します。

↓↓↓

 

 

☑ 【2021年】息子の小学校卒業 ①

 

☑ 【2021年】息子の小学校卒業 ②

 

☑ 【2021年】息子の小学校卒業 ③

 

 

これで最後です。笑

 

 

 

帰宅したら、

 

待ってくれている人がいました。

 

 

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1年生のときの補助の先生です。

 

町内に住んでおられて、

事務の先生ともお付き合いがあるそうで、

卒業式のことを知っておられたみたいです。

 

 

5年ぶりの再会です。

 

 

金曜に来てくださった先生のときのことを忘れず、

写真を撮らせていただきました。

 

卒業式からの余韻で

息子、まだ笑っていて、よかった。笑

 

 

 

わたし、

介助の先生とか支援の先生とか、

表現がほんとバラバラだわ。笑

 

 

 

地域の小学校へ進学することを決めたとき、

・息子があまりにも辛くなったとき

・娘が嫌だと言い出したとき

 

途中で支援学校への転校も有り!と考えてました。

 

 

ですが、

転校を考えるほどの大変なことはなく

(担任の先生は大変だったかもしれないけど)

 

娘も、息子が同じ小学校に通っていることを

嫌だと言ったことは一度もなくて、

 

娘の同級生たちも、息子のことを知ってくれていて。

 

廊下の作品をみて

「あ、お兄ちゃん」と言ってくれる同級生たちもいたようで。

 

↓コレね

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無事に6年間、過ごすことができました🌸

ほんと、先生たちと息子・娘の同級生たちに感謝です。

 

 

 

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卒業後、先生たちにお葉書を出すこともできました。

うれしい。

 

 

 

6年間使ったけど、

自宅と家の距離はほんと近くて、

帰りは放課後デイの車だから、

 

ボロボロにはならなかった、息子のランドセル。

 

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知り合いの方がされていたので

同じサイトから

海外へ寄付してもらうことにしました。

 

↓↓↓

 

 

 

ほんとに届いてるのか疑っちゃうとできなくなるから、

「必要な子に届いてね」と願って。

 

ランドセル本体を送る送料と

1,800円がかかります。

 

 

ランドセルにずっと入れてた、

出雲大社のお札も入れておこうかと思ったけど、

 

宗教の違いもあるだろうから

(それでも守ってくれそうだけど)

 

中学校へ通うリュックに入れて、

また守ってもらうことにしました。

 

 

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そして、

 

 

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隣町の特別支援学校 中学部へ入学しました。

 

入学式は、コロナ禍のため

出席者は1名のみなのに、

 

ワンチャン期待してなのか、

仕事を休み、スーツを着て、一緒にやってきた旦那さん。

 

最後まで車で待機し、笑

学校へ来ていた証拠として、

上の写真を撮りました。

 

 

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入学式の間は、LINEで状況報告。

 

 

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入学式を卒業式と間違えて送ったのを

指摘されて、鬼になるわたし。笑

 

 

支援学校ってどんなかんじかなー-って思って

ドキドキしてたのですが、

 

小さな小学1年生たちが、

ワーキャー言いながら走り回ったりしてるのをみて、

 

楽しいなって思いました。

 

 

ちゃんと椅子に座っている息子の後ろ姿に

成長を感じられたけど、

 

途中、

突然、息子がすばやく

床の蓋を開けたんです。

 

バレーボールのネットのポールを立てるやつかな。

 

周りの先生が慌ててるのと、

そんな蓋の存在を息子が知ってたのがおかしくて。

 

 

そして、

同じ中学1年生で入学した女の子がね、

 

「大丈夫よ!大丈夫よ!」って

先生に言ってるのが聞こえてきて。

 

 

あ、そうだな、大丈夫だな♡

って安心しました。

 

彼女がなぜそう言ってたのかは、不明ですけどね。

 

 

 

そんなかんじで、

2022年、無事に息子は中学2年生になりました。

 

中学に上がったら1年が早いよ!って言うけど、

ほんと、早いです!!!

 

 

 

 

 

☑ 【2021年】息子の小学校卒業 ①

 

☑ 【2021年】息子の小学校卒業 ②

 

からの

 

つづきです。

 

 

 

相変わらず、わたしの話は長い。笑

 

 

 

そして、

卒業式当日。

 

 

image

 

 

補助の先生が横に座っての卒業式。

 

一人ひとり、名前を呼ばれたら

「はい!」って返事して立つんですけど、

 

「教室で練習したら「はい」って言えるんですけどね~」

って言ってた担任の先生。

 

当日は言いませんでした。多分。

聞こえなかったから。

 

 

これが、

自由な臨機応変な先生だったら、

 

息子の目の前に来て、

名前を呼んでくれたら、

いつも通り、できたかもねー-

って思ったりしました。

 

これが地域の小学校ならでは

なのかもしれません。

 

 

 

コロナ禍での卒業式、

6年生とその保護者のみでの出席で、

 

卒業式後は、

保護者は教室から児童が戻ってくるまで

体育館で待機ということでしたが、

 

支援学級所属はうちの息子だけ。

 

うちは支援学級の教室へ来てくださいと

先生から聞いてたので、

 

卒業式後に

自宅で待ってた娘を呼んで、

支援学級の教室へ向かいました。

 

 

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階段の踊り場に飾ってあった、

支援学級の作品。

 

息子はちゃんとヘッドギアしてて、笑いました。

 

 

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卒業式では、担任の先生に直接花束を渡す機会が作られていて、

各クラスの代表が渡すのですが、

 

 

担任の先生以外の補助の先生にも

小さいながらもお花を渡そうと思って、

7,8コ準備していました。

 

補助の先生って何人クラスにいるか

イマイチわからなくて、

多めに準備しておきました。

 

 

ですが、

 

教室に行ってみたら、

10人以上の先生たちが拍手で迎えてくださって、

 

!!!

 

多すぎ!

ヤバい!花足りねぇー---!

って焦りました。笑

 

 

他の支援学級の介助の先生や

通常学級で介助する先生たちが

集まってくれていました。

 

 

「お花が足りないのですがー--」と

言ったら、

 

サササーーーっと

先生たち、去っていかれました。笑

 

 

補助の先生に渡したけど、

やっぱり、お花が余って、

 

担任の先生が、

「校長先生へ持って行かれませんか?」

と言ってくださり、

 

みんなでワイワイ校長室へ行くことに。

 

 

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みんなのテンションの高さに

息子もつられて、ニコニコ全開に。

 

 

 

担任の先生が、校長先生に声をかけてくださり、

廊下で、校長先生にもお花を渡して

お礼を言うことができました。

 

 

修学旅行では、

 

なんと!校長先生がトイレに連れていってくださったり

(息子が担任の先生ではなく、校長先生にお願いした)

レオマワールドで2回も白鳥のボートに乗ったり、

 

大変お世話になっていました。

 

 

そして、

わたしの希望で、

 

事務室の先生にもお花を渡して、

お礼を言うことができました。

 

息子が入学してから、

会えば話をしたり、たまには野菜をいただいたり。笑

 

 

 

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これは、3年生のときの、

補助の先生が退任される、少し前の投稿。

 

このときも、事務の先生と話して、

わたしは救われた気持ちになってたんですよねー。

 

 

この花束を先生に渡す間、

わたしはずっと息子と一緒に渡す係をしてました。

 

終わってから

旦那さんに「写真撮ってくれた?」って聞いたら

 

「楽しくて撮るの、忘れてた」と。

 

こういうとこです、ホント!👹

 

 

 

記憶にも記録にも残しておきたいのよー-。

 

(ブログに書くのは、遅すぎたけどね)

 

 

 

つづきますが、次がラストです。


【2021年】息子の小学校卒業 ④ そして、特別支援学校入学