グローバルに通用するビジネスパーソンとは ⑥「はたして英語力だけだろうか?」


今回はエピソードを一つ、私の若いころの経験ですが、日本企業のアメリカ、ヒューストン駐在員をしていた時、東京本社から取締役が出張でこられ、ヒューストンの取引先である米国の石油会社などと情報交換のミーティングをいくつかセットした時のこと。

もちろん東京本社の取締役も前にロスアンジェルスに駐在されたご経験もあり、英語は十分にしゃべれる方だったけど、面倒くさくなると、それまで英語で話していたのに、突然「君、通訳したまえ」と言って、取引先との話しの途中から突然、日本語で話し始めるといった具合の方なのです。そんな英語と日本語のちゃんぽんにも関わらず、取引先である米国の石油会社のアメリカ人たちは、見識豊な取締役の話を食い入るように聴き、また、しつこいぐらいに質問をしで、予定の時間を大幅にオーバーしてしまったことをよく記憶しています。当然と言えば当然ですが、私が単独でその米国の石油会社のアメリカ人と会って話しをするときとは、相手の反応が雲泥の差であったことは言うまでもありません。

やはり、ビジネスにとって一番大切なのは、その人の意見や、持っている見識など、伝える「コンテンツ」であって、英語力ではないというのが、基本的なことなんだと、認識させられました。このエピソードの取締役の方は、ある意味、個性的で、自信に満ちた立ち振る舞いをされるかたでしたので、やはり、そんな彼の個性もあって、相手のアメリカ人を強くひきつけたのではないかと思います。

 

この取締役の方とは、その後も、日本や海外に出張した際に、ご一緒させていただく機会も何回がありましたが、単に日本の大商社の取締役まで上り詰められた方というだけではなく、むしろそれよりも、このエピソードにあるように、外国人に対しても物怖じせず、たとえ英語で話そうが日本語で話そうが、自信に満ちて、堂々としておられたのが、とても印象に残っています。

世界に通じる日本人ビジネスパーソンという観点では、この方の場合、英語力が完璧ではなくても、やはり、相手がちゃんと聞こうとするものを持っている、世界に通じるビジネスパーソンの方だったと思います。

 

もちろん英語力が抜群でかつ、世界に通じる日本人ビジネスパーソンの上司にも、私はめぐり会っています。その上司の方とのエピソードを次回はご紹介しましょう。

(次回に続く)




 

 

 

グローバルに通用するビジネスパーソンとは ⑤ 「それは英語力の問題なのか」


 世界で通用する日本人のビジネスパーソンがきわめて少ない理由の一つにいわゆる英語での丁々発止としたやりとりがきわめて下手で、諸外国のビジネスパーソンに比べて、印象が薄いという要素があり、これが、優秀なのに、一人では決められない、一人では判断できない、Yes, Noがはっきりせず、あいまいなスマイルでの返事が多い。といった日本人ビジネスパーソンの酷評につながっていると言えるでしょう。

 

これは英語での会話力の問題、意思伝達の手法、相手に飲まれてしまう、議論で主導権がとれない、などいろんな要素があるが、英語がNative Speaker

外国人の場合、反対に内容はたいしたことがないのに、長々と意見をいって、会議をDominateして、印象付けるということがしばしばあります。

この差は、英語で行う会議、交渉、Presentationなどにおける、いわゆるProtocolを十分理解し、身に着けている日本人ビジネスパーソンが圧倒的に少ないという理由に起因しているように思います。


そして、例え英語が母国語でなくて、ドイツやフランスなどのヨーロッパ人でも、英語でちゃんと丁々発止にビジネスコミュニケーションができる人は大勢おり、その割合は日本人ビジネスパーソンの何倍、何十倍もいると思われます。


また、ビジネスの場面でなく、会食やパーティー、あるいは、スピーチといった場面になると、これはもう、まったく次元が違う差があり、日本人で英語がNative Speakerと互角にこなせるビジネスパーソンは幼少期から英語圏で生活したことのある帰国子女のような例外を除いて、ほとんど皆無に近いと思われます。

では、ここでいうProtocolとはいったいどういうものでしょう?


その代表的なものを挙げると;


1.根本的にたとえ日本人の美徳のひとつである、「謙虚」であったとしても、ことそれが、意見を戦わせる場であったり、交渉の場であったり、組織の中で自分の存在感をアピールする場であるならば、やはり「成果」として、自分が深い見識や、経験を有している分野があり、そして、また、その見識があるが故に、有意義な意見やアドバイスを提供できる人間であるというメッセージを発すことの重要性にたいする強い認識を持つべきだということ。


2.第二に準備を十分するということ、当然Nativeと対等に英語で議論ができるわけではないので、少なくとも、事前にどういう論点になるか、どういう部分で自分の意見が求められるかを想定、しっかりとした準備をすることが肝要。

 

 

3.としても、会話の相手、会議の出席者とのいわゆるからみかたの問題。
 まずは相手にスッと入っていって、お互いがたとえ初対面としても、Comfortableに会話が展開するような、導入。また、相槌の打ち方、相手の意見をRespectしているという無言のメッセージをうまく伝えるような言い回し。

 (日本語の会話でも、相手の名前を会話の中に入れるような会話術があります、

とくに英語ではそういう会話術は極めてBasic Protocolだと思います。また、相手の

意見に、「なるほどね」と相槌をうつような意味で、”That is a good idea”とか、

「評価しているよ」というような表現で、相手からさらに情報、意見を引き出すというようなActive listeningのような手法が肝要。


4.自分が意見をいう、意見を求められる局面での切り出し方、意見のまとめかた。

つまりは会話の相手、会議の聴衆をどうひきつけるかという部分。


(次回に続く)




 

グローバルに通用するビジネスパーソンとは ④

 

確かに、私が駆け出しのビジネスパーソンであった、いまから30年以上前と比べれば、世界で活躍する日本人ビジネスパーソンは格段に増え、また、商社や一部メーカーに限られていた海外勤務経験者も、いまや流通、サービス、医療など、他分野で活躍する日本人ビジネスパーソンが増え、また、その活躍も日本企業のみならず、多国籍企業にも散見されるようになったのは、大いなる進化と言えましょう。

 

しかしながら、いまなお、この問題が、解決されてないと思われるのは、世界で勤務する日本人ビジネスパーソンの数は飛躍的に増ええはいますが、本当に世界で通用しているビジネスパーソンンの数は相変わらずごく少数という現実があるからではないでしょうか?

私は自分自身が日本企業の海外法人に勤務、また外資系企業の日本法人やアメリカ本社での勤務を通し、また、現在も外資系企業のアジア地域本社に勤務している経験から、この「世界に通じる日本人ビジネスパーソン問題」を考えるに、問題の本質は根深く、一朝一夕に解決することではないように思います。

 

では、問題の本質はどこにあるのでしょうか? ここからは、この問いかけに答えるべく、実際のビジネスの世界での体験をもとに考察し、そこから見えてきたヒントと、それを踏まえた取組みのありかたについての私見をまとめてみました。

 

     それは英語力の問題なのか?

     はたして英語力だけだろうか?

     根本的な考え方や仕事やキャリアへの取組みの考え、つまり価値観の問題

 

     最も必要なのは経験

     ただ経験だけではだめ、知識、発想、感性、情熱、そして貪欲さが求められる

 

     大事なのは、好奇心

 

 

     必要なのは仕切れる能力、知識、自信、

     それは、ビジネスパーソンとしてのスタイルを作っていくこと

 

次回以降、上記したそれぞれのテーマに沿って、お話していたいと思います。

(次回に続く)




 

 

 

グローバルに通用するビジネスパーソンとは ③

 

ところが、昨今、日本企業の生産拠点の海外移転、また、より成長する市場を求めての海外進出など、従来に比べ、海外への転出も、英語圏以外の国への駐在派遣が増えてきているのも、事実です。たとえば、中国にしましても、また、日本企業の進出が多い、タイにしましても、既に生産拠点としてあるいは、新興市場として、中国に進出してもう20年、30年と歴史を積み重ねている日本企業も少なくありません。


そういった企業では、タイや中国のスペシャリストとして、何度も日本と現地を往復し、通算の駐在が10年を超える人も珍しくないケースがあります。もちろん、このような中国やタイのスペシャリストの方は、中国語やタイ語が堪能なことはもちろん、現地での現地会社や、政府との人脈も築かれているケースも多いです。では、このような、海外経験豊かな人が英語力もちゃんと身に着けておられるかというと、決してそうではないケースもあり、一口に「グローバルで通用する」ということが「どの国でも」とは言えないのが現実で、やはり、これだけグローバル化した今日のビジネスを取り巻く環境においては、英語で、あるいは英語圏のプロトコールでビジネスが展開される環境で必要な国際ビジネスパーソン力と、一方で、新興国のようないわゆる、それぞれの「現地」で通用する現地ビジネスパーソン力とは、共通する部分もありますが、やはり、本質的に求められるもの、努力して会得するものが、大きく異なると言えましょう。


「なぜ、グローバルに通用する日本人ビジネパーソンが少ないか、」また、「世界で通用するために日本人ビジネスパーソンには何が必要か」、「世界で通用する人材を育てるにはどうすればいいか」 このような問いかけや、このようアジェンダで開催されるセミナーが行われることがこの数年非常に多くなってきているように思います。


失われた20年を経て、アベノミクスにより、若干薄日が差し始めてきた日本のビジネスですが、根本的にこの「世界に通じる日本人ビジネパーソン」問題は本質的な議論もあまりないまま、あまり進展がないように感じられます。(続く)




グローバルに通用するビジネスパーソンとは ②

 

とくに英語が母国語でない国での駐在員経験は、ともするとその会社の現地法人で長年勤務しているベテランの現地社員の人が日本語が堪能であったり、また、現地法人のトップや経営陣として派遣された場合にはおつきの現地人秘書が日本語が堪能であったりと、極端なケースでは、社内外の商談はすべて通訳してもらい、日本語のみでしか、仕事をしなかったなどという笑い話のようなケースもあるようです。


そこまで、極端でないにしろ、家族を帯同しても、子供を現地のインターナショナルスクールではなく、現地の日本人学校に入れたりすると、現地に他の多国籍企業から派遣されている英語が母国語の西洋人と交わることもなく、前述したように、最初の住居の設営や生活に関連することも、日本語が堪能な現地社員が面倒をみてくれることとなり、結果、何年いても、日本人駐在員社会での経験のみを積み上げて帰ってくるような結果になりかねません。





このあたりは、その企業の海外事業に対する考えや、海外要因をどう育成していくかという本社の明確な方針や、派遣する駐在員へのミッションの与えかたなどに大きく起因する部分だと思いますので、どちらかというと派遣される個々人の問題というよりも、派遣する日本企業の企業としての考えや取組みの問題と言えるかもしれません。

 

確かに、アメリカやイギリス、オーストラリアといった英語圏での、駐在経験は、それが大都市であれば、現地にインターナショナルスクールや、英語補修クラスが併用されているような現地校があり、現地に日本人学校がなくても、自然と子供も「現地化」され、結果として、駐在員家族も、数年間の駐在経験で、英語力のみならず、その英語圏の国の文化や価値観などを体得することが可能になると思います。この場合、子供も、「帰国子女」として、バイリンガルになったり、海外での体験が、家族全体にもプラスになるケースも多いのではないでしょうか。(続く)

 

グローバルに通用するビジネスパーソンとは ①


「グローバルに通用する。。。」を議論するときに、よく言われることに、とくに日本企業に勤務されている人を対象にした場合、「海外駐在の経験がある人」か、「数年以上の海外留学経験」か帰国子女でないと、グローバルに通用するようなビジネスパーソンにはなれないという意見がありますが、ほんとうにそうなのでしょうか?

確かに、5年、10年と海外で勤務したり、留学するということは、言葉だけでなく、その国での実際の生活を通して、その国の文化や商習慣をも理解し、また、郷に入っては郷に従え的な部分を含め、現地の人々、実際に一緒に仕事をする現地のスタッフや学校の仲間との人間関係の構築にも工夫し、かつ、駐在員の場合は本社からの厳しい目標を達成していかねばならないという厳しい環境、留学生の場合も試験や資格というプレッシャーの中での異国での体験など、いわゆる「貴重な経験」を積めることが多いと思います。


特に英語が母国語の国での駐在経験や留学経験は、日本での勤務のみしか経験のないビジネスパーソンに比較して、英語力、あるいは、英語を使った仕事力という観点で、まったく次元の異なる経験をする機会を得ることとなるのは当然だと思います。

ただ、すべての人が同じようにその環境を得難い経験につなげているかというとそうとも限らないのが現実です。

 

私の経験でも、私が海外で勤務していたまわりの日本人ビジネスパーソンの方のなかにも、経験をしっかりとご自分の成長につなげておられた方と、必ずしもそれではなかった方がおられました。また、現在仕事で、タイ、中国、シンガポールなど東南アジアに頻繁に出張し、それぞれの国に駐在されておられる、いろんな日本の会社のビジネスパーソンのかたとお目にかかる機会も多く、なかには2回目、3回目といった海外駐在の経験をお持ちの方も珍しくはありません。

 

しかしながら、そんな海外経験豊富なかたでも、とくに日本の企業に勤務され、一度も転職のご経験のない方々は、やはり、勤務されているに日本の組織の中でのプロトコール的なものに支配され、常に本社に帰ること、あるいは、その企業の文化や会社内での「常識」といったものを重要視する傾向が強く、とかく、日本人の同じ社内の駐在員同志の人間関係や、現地の取引先日本企業との人的関係に時間を費やし、結果として、その国に数年勤務したにも関わらず、英語や、その国の言葉や商習慣を十二分に理解したり、身に着けたりせずに帰国するケースが多いように思われます。(続く)

 


 

 

㉓「日本の会社と外資系の会社の違いを理解せよ」(5回目)

 

さて、グローバルベースで標準化されたこの人事制度ですが、もう一つの大きな特徴は社員個人個人が一年を通して、自分の仕事に関する目標を設定し、また、同時に、将来に関するキャリアの方向性と、それに必要な職務経験や、研修についても、上司ときちっと協議し、合意形成のもと仕事に従事し、また、一年後に、同じような場をもって、上司と過去一年を振り返りながら、再度、次の一年に対して、同じように目標設定とキャリアの方向性を合意形成していくというプロセスがあることです。


グローバルカンパニーにおいては、文化や制度の異なるいろんな国で事業を展開していますので、なによりもガバナンスが重要となります。ガバナンスは不透明な取引防止やコンプライアンスの観点のみならず、社員を公平に評価し、また、それぞれの社員が満足するキャリアを形成していってもらうという意味でも大切になります。ガバナンスを構築するためには、標準化された制度と、それを実行するプロセスの見えるかが必要となります。


これまで説明してきたグローバル企業の人事制度の実行においても、この見える化が極めて大切になります。そういう観点で、社員一人一人が上司と協議し、合意形成されたプラン、考え方に基づいて一年間仕事をし、それを一年後に振り返り、そして次の一年につなげていくというのは、極め透明で、わかりやすく、かつ、社員個人個人をとても大切に扱っている制度であると思います。


日本の大きな会社も、グローバルに事業を展開している会社が多いのですが、このガバナンスという観点において、考え方と具体的な制度設計や導入が遅れていると思われます。


例え、制度を外資系企業と同じような制度にしたとしても、その会社の文化や考え方がかわらなければ、本当に標準化され、見える化された制度が適用されているとは言えません。


このように、よく言われることですが、世界で事業展開している日本企業のほとんどがグローバル化していないのは、私の個人的な経験から行っても、制度だけの問題ではなく、標準化と見える化に対する考え方、そして、もっというならば、グローバルベースでのガバナンス構築に対する考え方が弱いのが大きな原因だと思います。




 

㉒「日本の会社と外資系の会社の違いを理解せよ」(4回目)

 

さて、ここからは、もう少し具体的に、現在私が勤務している会社の人事制度を参考に、外資系の人事制度の概要と意味について説明したいと思います。

私は現在勤務している会社を含め、3社、異なる外資系の会社に勤務し、そのうちの2社で人事部長を務め、その間、人事制度の改革にも携わりました。そんな私の個人的な経験も踏まえ、思うことは、外資系の人事制度の良さは、一つには標準化されているモデルであること、二つは、社員一人一人の個人的な価値観に根差しつつ、会社全体の公平性が担保されているということです。もちろん、どんな制度も、その使い方ひとつで、意味や価値は損なわれてしまうものですので、ここでは、あくまでも制度そのものの特徴として説明させてください。


私の現在勤務している会社はドイツに本社があり、日本を含め、世界200か国以上に事業を展開、従業員は世界合計で約50万人というマンモス企業です。規模が大きいだけでなく、事業もいくつかの事業に分かれえtおり、何よりも、世界200か国以上に事業所があるという規模も複雑性も、まさに、グローバル企業だと思います。この会社で現在採用されている人事制度の特徴は、一口で言いますと、この世界各国で勤務している約50万人の社員にすべて、同じ人事制度が適用されているということです。人事制度は、日本語でいる職能制度で、約50万人の仕事をすべてグレード化しており、それぞれの仕事について、いわゆる職務の詳細(Job Description)が明確化されているということです。



その職務、仕事が、どんな責任を持ち、どんなことを判断し、どういうインパクトをその現場、事業部、会社に影響を与えるかという様々な角度から、その職務、仕事がどのレベルにあるかでグレード化されています。もちろん、同じ内容の仕事をしているとしても、それぞれの国で事業規模も違いますので、事業規模の要素も反映した上で、同じ仕事でも国によっては異なるグレードとなるように設計されています

こうした、職務グレードにもとづいた人事制度は、ほとんどの多国籍企業で採用されていますので、余談になりますが、外資系の会社で一度人事部長を務めますと、他の外資系企業に転職しても、制度についてはほとんど戸惑うことなく、即戦力で仕事をすることができ、そんな意味でも、外資系企業間での転職はとくに人事部門においては、極めて頻繁に人の移動が行われています。



そして、この職務グレード制を、世界300か国以上で勤務している社員を同じように適用していますので、その国の中での他の事業部への異動や、国をまたいでの異動が人事制度上、極めて容易く可能となり、組織の中で欠員が発生した場合、社内公募で世界中に公募を書けることが可能となります。私の会社では社内のIntranetのサイトに社内公募のサイトがあり、常時3000以上の空きポジションが世界各国から公募されています。


このようなグローバルで制度を標準化し、社員のキャリアの可能性を世界に公平に広げていくことも、こういう標準化された人事制度を用いることで可能になっているわけです。ちなみに、先日富士通がようやくこの職務グレート性をグローバルベースで導入し、年齢や勤続年数に関係なく、AIのエンジニアなどを高給で迎えられるような、柔軟な人事制度に

変えると報道されていました。残念ながら、欧米の外資系企業に比べて、30年ほど遅れていると言わざるを得ません。

(次回へ続く)




㉑ 日本の会社と外資系の会社の違いを理解せよ (続き)

日本の会社と外資系の会社の違いを説明するには、なんといっても、その人事制度の違いと「人」に関する基本的な考え方をお話しなければなりません。


私は、日本の大きな会社からキャリアをスタートさせましたが、その後外資系に移って、もう30年近くになります。従って、自らが体験した日本の会社の人事制度や人に対する考え方を参考にしているわけではありません。つい最近も、取引先の大手の日本の会社の人事担当の役員の方から、外資系である、今の私の会社の制度と何が違うかというご質問をうけ、日本の会社の人事制度、考え方と、外資系のそれとの違いについてお話しさせていただいたことがあり、そういう今現在の経験に基づいてお話させていただいています。


何度も、お話していますが、日本の大きな会社には、1960年代、1970年代の高度成長期にうまく機能した、「終身雇用」、「年功序列」「規格大量生産」という、右肩上がりの事業環境下ですごくうまく機能した、社員である「人」に対する考え方、そして、その考え方に基づいた人事制度の名残が色濃く残っています。とくに超一流の大会社では、毎年たくさんの新卒の社員を採用しますので、同じ会社の社員同士でも、入社して何年たっても、お互いを知らないことも多いので、「入社年次」で人を認識することが、ある意味極めて便利で、わかりやすい指標となっています。また、男女平等雇用法が制定されて、かなりの年月が経ちますが、会社によっては、なかなか女性社員が男性社員と平等に出世レースの中で評価され、登用されているとは言えないケースが多いのではと思います。さらに、前述した「年次」が一人一人の社員の出世のスピードの指標になっているケースも多く、いわゆる「年下の上司」にレポートするという状況は、40歳台とか、入社後20年以上経過しないと出てこないのではないでしょうか?


このように、年齢、入社年次、性別といったものが、明確に人事制度に書かれているわけではないのですが、日本の大きな会社においては、純然として「人」に対する考えかたの基本にあるように思われます。一方で、新卒採用も行っているものの、もともと日本での事業開始時から、中途採用が主流で、いいか悪いは別として、途中で他社へ転職する人も多い外資系の会社では、もともと入社年次という感覚はなく、入社後何年ということは言われても、年齢を問われることも、ほとんどありません。もちろん、女性であるか男性であるかということも全く人事制度上は関係もなく、あくまで、一人の「人」として、また、その個人のキャリアに対する考え方や、目指すものをベースに人事制度が確立していると言っても過言ではないと思います。(次回へ続く)




 

日本の会社と外資系の会社の違いを理解せよ (続き)

さて、ここからは、日本の会社と外資系の会社の、仕事の仕方というか、いわゆるプロトコールの違いについて少しお話しましょう。


もちろん、例外は必ずあるもので、日本の会社でも、外資系の会社のような仕事の仕方が定着している会社もあるでしょうし、外資系とはいっても、日本に進出して長い年月が経ち、規模も大きく、新卒採用を根幹にしているような会社は外資系といっても、極めて日本の会社に似た仕事のしかた、プロトコールになっている会社もあるでしょう。従ってここではあくまで一般的な例とし手の説明であることをご理解ください。

日本の会社と外資系の会社、最もことなるプロトコールは、やはり組織の中でのリーダーシップのタイプではないでしょうか?端的な例で説明すると、日本の会社と外資系の会社では、上司の人の会議などでの仕切りかたがまずは大きく異なるように思います。


外資系の会社では、例え社長であっても、その会議の一番役職の人が、基本会議を仕切るというのが基本的なルールとなっています。従って、その一番上の人が、会議を信仰し、結論をまとめ、次のアクションを皆に通達、共有して終わるというのが基本的なプロトコールとなります。従って、基本、資料や会議の進行に必要なパワーポイントのスライドは仕切る立場である上司、上の役職の人が準備し、それに基づいて会議が進行していく形になります。


このように、外資系の会社においては、上司といえども、オフィスで偉そうに踏ん反り却っているということはまずなく、自ら資料を用意し、会議の目的を示し、進行するという、いわゆる「ハンズオン」のスタイルが求められます。一方日本の会社では、多少は変化してきているとは思いますが、上の役職の人は、下の人や事務局がおぜん立てして、呼ばれて会議にでて、担当部局や、参加者の意見を聞いて、最終的に決済し、意見をいうというような、おぜん立て型が今なお主流ではないでしょうか?


どちらのプロトコールにも、それなりの合理性があるように思いますが、少々乱暴な言い方をしますと、外資系は上司たるものは、それだけの責任をもち、高い給与をもらっているので、当然、求められるパフォーマンスは高いわけで、必然、自分でどんどん動いていくという、そんなプロトコールとなります。


一方日本の会社では、上司、上の役職の人も、昔は新入社員から若手、中堅と経験し、いわゆる、会議を「おぜん立て」する立場を経験し、今に至っているわけで、その経験と実績により、より高い役職についているので、「今更そんな細かいことはしない」的な、「偉い人」というプロトコールで仕事をするのではないでしょうか? (次回に続く)