約3時間のバス移動を終えて、やっと到着したのが「エフェソス遺跡」。
本によっては、「エフェソス」と書いてあったり、「エフェス」と書いてあったり。
どちらかに、決めてほしいもんです。
この「エフェソス」、紀元前7世紀頃から発展したローマ時代の港町です。
前日の、トロイ遺跡に比べたら、割と色々残っている、トルコ最大のローマ遺跡なんだそうです。
この「エフェソス」には、使徒パウロや聖母マリアも住んでいたんだとか。
そんな「エフェソス遺跡」に到着すると、トロイの時と違い、入口までズラ~っと出店が並んでおりました。
入口の前で、また添乗員さんから入場チケットを受け取り、ゲートを通過。
こちらのゲートはどこも共通、センサーにチケットのバーコードをかざすとバーが回る仕組みになってます。
私たちが入ったゲートは、2つある入口(北と南)のうちの、南側の入口。
遺跡自体は、北と南の入口までの間が約1kmほどあって、広さは東京ドーム7個分もあるそうです。
南の入口から入ると、すぐ目の前にあったのが「ヴァレリウスの浴場」。
2世紀頃に建てられたもので、床下暖房まで完備されていたとか。
そのお隣が、「オデオン」。1500人を収容した、小劇場です。
そのオデオンの前には、トロイのように、ゴロゴロ石の転がる広場が。
ここが、「上のアゴラ」と呼ばれる、当時の町の中枢部で、集会などが開かれた場所だそうです。
オデオンと、このアゴラの間の通りは「バシリカ」という、列柱廊。
このバシリカをどんどん進んでいくと、石畳の下り坂になっていきます。
ガイドブックの地図などでは、高低差などは書いていないのでわかりませんでしたが、実際に歩いてみると、南側から北側に向けて、かなり下っていることが分かりました。
元々は、下りきった北側の辺りがすぐ海だったそうですから、海に面した斜面にこういった都市を作ったんだな、ということがわかります。
坂の中程には、「ヘラクレスの門」というのがあって、本来、その門に飾られていた「ニケ」のレリーフが近くに置かれていました。
この「ニケ」って、あのニケです。ルーブル美術館にある、「サモトラケのニケ」。
あの頭のない、羽根の生えた女神像。あれと同じ女神です。
勝利の女神、なので、スポーツブランドのナイキは社名にした、という話です。
NIKE(ニケ)を、NIKE(ナイキ)って読むなんて、シャレてますよね。
ヘラクレスの門を越えると、さらに石畳の坂道を下っていきました。
この辺りの両側には、ある程度、建物っぽい形を残した石組みが残っています。
「トラヤヌスの泉」は、トラヤヌス帝に捧げられた泉で、本来の高さは9mもあったそうです。
次にあった「ハドリアヌス神殿」のレリーフには、前面に女神ティケ。
後ろ側にメデューサが彫られています。髪の毛が蛇の、あのメデューサです。
この神殿の向かいには、かつての高級住宅地跡が並び、中を見るには別料金!
それでも、タダで見られる範囲に、見事なモザイク床がありました。
ハドリアヌス神殿の隣には、当時の公衆トイレが。
もちろん、仕切りなんかない、イス状になった石に穴が開いているだけのトイレ。
ポットン式になっていて、ちゃんと水で流れていったらしい。
このトイレの中央部には、池が設けられてあって、その水音で用を足す音を消していたそうです。
つまりは、今のトイレによくある「音姫」のように!
この「音姫」の話は、現地ガイドさんが言ったんですよ。
トルコ人なのに、トイレの「音姫」のことまで知っているなんて、何者なんだ?












