Andreaのペルー通信パート1 アンドレア新聞に載る | Andreaのペルー通信パート2

Andreaのペルー通信パート2

リマでアロマテラピーサロンをしております。大好きなペルーの現実を日本に伝えます。コメント大歓迎ですが、ネットエチケット上不適切なものは、承認しませんのでご了承ください。

次の記事は2001年1月26日金曜日に書いたものです。


日本の皆様、大雪、大寒波の中いかがお過ごしですか?


私はタンクトップでも汗を書きながらメールを書いています。


でもこちらはからっとしているので、クーラーなどは必要ありません。


事件がありました。


新聞に載る!


悪いことはしていません。表彰されるような特別良いこともしていません。


大晦日の日に昔の会社の同僚に誘われて、



日系人の沖縄県人会クラブ(日本でいうところのロータリークラブみたいなところでしょうか)で主催された、


年末カウントダウンパーティーに行きました。


日本からペルーに帰った日系人の友達は、そこで何年かぶりに会ったので、


歓迎の意を表してくれるかと思いきや、


奴らにとっても私がペルーにいることは何の不思議もないみたいで


あ、どーも 明けましておめでとう


(え?それだけ?・・・・)という状態。



PA機器の故障でバンドの音が悪くて(こちらはパーティーもディスコも生演奏が普通)、


あんまりおもしろくなかったので、静かに踊っていたのですが、


次の日のペルー新報という日系の新聞に大きく写真が出てしまいました。 



1000人以上の人の中から、よくぞ、沖縄出身でもなければ日系人でもない私とボーイフレンドを


選んでくれました! 


当日は派手なかっこうもしていないし、酔っ払ってもいなかったし、


馬鹿踊りや変な振り付けを考えてみんなに強要するというような、


日本のディスコでやっていた馬鹿もやっていなかったのに なぜ?


あ、でもほんの一瞬ちょっと盛り上がっていたかな? かもしれない・・・



次の週に日秘文化会館に行ったとき、妙に人の視線を感じたのは新聞にのったせいだったのか・・・ 


友人の見送り(クリスマスとお正月をこちらで過ごすために一時帰国していた日系人の友人の・・・


変ですね、ペルーで日本にペルー人を送り出してる日本人って・・・)に行ったときに、


見送りに来ていた親戚の人たちに言われるまで、新聞にのったことは知りませんでした。


&まだ記事の実物は見ていません・・・




続く・・・(たった一回目で既に連番廃止・・・)