お天気がいいときもちいい。 そんな時のメイクはサラリと仕上げると自分の気持ちもサラリとするのでは。

いわゆる肌感で、選ぶってやつですネ。

そういったコントロールできるのかどうかが、自分の一日を楽しくできるかどうかということだと思うと、メイクの役割が、いろんなものを担っているんだなと、改めて確認させられますね。

ただ単に塗るだけということではないと考えると、益々、メイクに心を惹かれますね。

毎日しているから、と、丁寧さに欠けるのはどうか。

その都度は、丁寧でなければでしょう。

自分の表現は丁寧でなければとおもいますね。


メイクは楽しく、かつ、自己表現ができるツールですから、自由に発想し、表現するということでいいと思います。

では、その自由は、何でもありかというと、やはり、違和感の無さということが必要なんですね。

そして、自分の気持ちが納得できるような仕上がりを大切にしてもらいたいと思いますね。

楽しい。 と言えるためには、ホントの意味の基礎的な知識が必要ではありますが、そのような解説は無いようですね。

メイクの手引書的なものは多々見かけるのですが、タイアップ形式のものが多くて、本来の基礎的な考え方はでていないのが現実ですね。

まあ、お金にならないようなものは、誰も見向きもしないのが常識ではありますからね。

では、どんなにご大層なことかと言えば、特別なことなどはないんですけれどね。

要は、つけたら落とす。 つまり、メイクのモノ達は、本来、お肌にとっては邪魔なものなんですが、お肌はものが言えないのでそれを伝えるすべがないんです。

で、しかたなく肌トラブルを起こしたりします。 それなのに、自己反省も無く、トラブルを悪者扱いをしてしまう。

いけないのは自分なのにネ。

そう、明確な目的があれば、そのようなメイクはできるのです。

また、そうでなければ、心の表現など、できようはずが無いですもんね。


メイク。ぐらいな気持ちで、することは、ある意味、自分を捨てているようなものかもしれないですからね。


メイクは、楽しいものなのですから、自分の為にしましょう。

人に見せるような気持ちでは、結果的には、キレイではないと思いますネ。


自分の目的のメイクとは。

そうなんですね、結局はそれがはっきりしていなければ、どうすることも出来ないということなんですネ。

自分の目的に進んでこそのものですから。


メイクにも心がけることは有りますね。

なんとなく毎日しているから、心がけるなんてと思う。

それって、自己管理なんてと思う。のと、同じ様。


自分の為にとするメイクが、その程度のものだなんて、いいのかなあ。

せめて、丁寧に。

大袈裟に言えば、その日の自分の運勢を決めることになるかも知れない。


スタートする為にも、メイクが大切にしてもらいたいものですよね。

雨続きで、少々げんなり。

そんな時の晴れ間がきもちいい。

多分、キレイはそれと似ているとおもいましたね。


見えない時にも準備をし、いつ何時であっても、備える。みたいな、キレイに対しての心構えとは。


毎日という時間の中で、心の有り方が、そういった考え方でいくのなら、キレイに対して備えになることでしょうから。

それは、必ずしもキレイに手を入れたものではなく、自然のものを生かし切れたもかも。

人によっては判断が分かれるところですが、キレイという概念の違いなので、どちらも有りなのでしょうネ。

現実的な表現の為には、作っていいのでは。

ただし、ナチュラルメイクなどの方向を目指すのであれば、自前の眉の維持が必要になりますね。


何事もそうなんですが、最初が肝心。

眉に関して言えば、私と出会えていたらと、私が勝手に思っているケースが多いかもしれませんが、眉の残念さが目立ちますね。

しかしながら、私と出会える確立は限りなく砂浜に落とした砂利を探すが如くですね。

人生。そんなもんじゃないかと。

ただ、出会えても、聞く耳がなければ意味が無いのですが。

今までに出会えても、ちゃんと聞き入れて貰ったことの少なさを考えると、考えちゃいますね。

唇の動かし方がそれに当たりますね。

どういったことかと言うと、口角と言われる部分の上げ下げの使い方を言いますが、それと連動させる部分は、唇の中央部の動きをですね。

口紅の塗り方だけではなく、そういった動きの研究などもメイクに取り入れることが大切になりますね。


メイクは、塗るだけでは無いのだと思いますね。