鏡シリーズ③ | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 よく磨き上げられたどっしりとした木枠には、薔薇と葡萄、意匠を凝らした剣など、細かい装飾が施されている。ところどころに控えめではあるが宝石が嵌め込まれ、その鏡に映る屋敷の当主の人柄…冷静沈着であり、時折たまらなく情け深い表情を見せる…を表しているようだった。その部屋の主レニエ・ド・ジャルジェは、先ほど人知れず流した涙の痕が残る自分の顔を鏡にうつしてみた。
 「お前とはもう長い付き合いだな。お前にだけは私の笑った顔も、泣いた顔も臆面もなく晒してきたものだ。どうだ?美少年だった私もこんなに白い髪になってしまったよ。年月というものは残酷なものだよな。」
 そう言ってレニエはよく磨かれた鏡を愛おしそうに撫でた。いけない。また、涙が溢れそうになる。
 
 今日7月15日。アンドレの訃報と共に、オスカルの戦死が伝えられた時、ジョルジェットは声を立てることなく自分に背中を向けた。その背中が小さく震えていた姿がまるで不思議なもののように目に入っていた。ばあやはただ、「申し訳ございません。アンドレがお嬢さまをお守りできませんでした。申し訳ございません。」そう言ってポロポロと涙を流していた。

 ばあや、自分を責めないでおくれ。私こそお前のかけがえのない孫を死なせてしまったのだから。

 自分を責め、歩く事すらままならない彼女を男衆に命じて寝室で休ませてから、レニエは他のメイドにブランデーを持ってこさせ、自室の書斎机の前に座った。ここに座れば少しは冷静になれるだろうか‥‥と。
 いや、それには彼はあまりにも家族を愛していた。オスカルが引き継いだその青い瞳からツウ…と涙が溢れる。頭の中に走馬灯のように駆け巡るのは、立派な武人になるために、自分と共に剣や銃の練習、兵法を必死に学んでいた娘のくりくりした青い瞳と可愛い顔。輝く金髪。

 もし、あの時引き返していれば、オスカルは輝くような貴婦人として嫁ぎ、銃弾に倒れることはなかったのだろうか‥‥。

 誰かと話がしたくて、レニエは寝台の横に嵌め込まれている鏡の前に立った。返事がなくてもいい。心の重荷を外に出したかった。

「‥‥小さい頃、朝早くに侍女が起こしに来るまでは、私は夢の中にいた。それはどんな子供もそうであるように、あたたかくここちよく、もう少し寝ていたいという思いは毎朝の事だった。温かい湯で顔を洗われ、小さなジレと刺繍の施された上着を着せられて鏡の前に立った時、私は否応もなく帯剣貴族ジャルジェ家の後継者へと変貌せざるを得なかった。同じ年頃の使用人の息子たちが春になれば蝶を追いかけ、秋になれば絨毯の様に盛り上がった色とりどりの落ち葉の上をザクザクと歩き笑う姿を見るにつけ、自分には許されないそれらの他愛ない遊びが羨ましくてしょうがなかったのを覚えている。
 それでも、物事を割り切れる性格だったのだろうな。銃の使い方を覚え、剣の腕前はどんどん上達し、語学、兵法、歴史も若さゆえの頭脳でどんどん習得していったのだ。そのうち、自分に課せられた運命も自分の体の一部として受け入れていく事ができた。自分はフランス王室を守るべく選ばれた者、と。そんなところはオスカル、お前は私にそっくりだったな。

 青年になった私は熱烈な恋をした。それが今の妻、ジェルジェットだった。ロレーヌ地方へ行った時、カンバスをかかえていた彼女を見た時、今までの自分の世界に何色もの明るい色がくわわったのだよ。その色は多分…明るいブルー、可憐なピンク、太陽のようなオレンジ色、だったと思う。

 ロレーヌから戻ってきて、毎朝自分の顔を鏡にうつすと、そこには前とは違う,期待と不安と、ときめきの表情を帯びた自分がいた。どこの娘だろう?名は何というのだろう?もう、想い人はいるのだろうか?

 神様どうか、もう一度あのひとに会わせてくださいー初めてだった。恋の成就のために神に祈ったのは…。


 婚礼の後。ジョルジェットと私は幸せな夜を迎えた。あくる日の朝、窓から差し込む光の中で私は見たのだ。
 鏡にうつる、ジョルジェットの美しい顔を。
 幸福と恥じらいで頬をうす紅に染めていた彼女の顔を私は忘れない。
 老いて、どちらかが旅立つその日まで、私達は一緒にいよう、そう誓った。

 それから月日が流れ、私は何とも言えぬ厳めしい顔をして鏡の前に立っていた。オスカルが平民議員を守るために近衛隊の出動を阻止したとき、アンドレの娘に対する想いを知った。息子の様に可愛かったアンドレよ。どうしてお前は貴族の娘を愛したのだ。オスカルの幸せと同様に、お前の平凡な幸せも私は望んでいたというのに。そして…多分…
オスカルもまた、アンドレがいないと生きていけぬのだ。私もジョルジェットも、薄々は感じていたのだ…。

 恋の苦しさも甘さも、愛する甘美も切なさも嫌というほどわかっているからこそ、私も妻もなやんだのだ。

 一昨日の朝。オスカルは私に最後の挨拶をしていった。屋敷の外にはアンドレが馬車の前で娘を待っていた。

 一瞬…そう、一瞬…屋敷の扉を開けて出て、馬車まで歩いて行く娘の姿が、バージンロードを進んでいく花嫁の姿とだぶってしまった。

 朝の娘の表情が、幸せな夜を迎えた、あの朝のジョルジェットのそれと生き写しだったから。

 お前はようやく…愛する男と幸せな朝を迎えられたのだね。

 おめでとう。いつかお前とあちらで会う時は、その事をこっそりとお前に耳打ちしてやろう。アンドレとお前が頬を赤らめてなにかと言い訳する姿を妻と一緒に笑って見てやろう。

 娘よ。鏡に映る私の髪はもうすっかり白くなってしまった。お前はその輝く金髪のまま神の御許に旅立ったが、私はもう少し自分の信じる道を歩むとしよう。お前と同様、誇り高く与えられた生を全うするために。

 もうゆっくりと、幸せに休むがいい。お前のアンドレと共に。


おしまい。
 

挿絵が‥・わ~恥ずかしいな。すっげえ、ヘタクソ。