私のハウスキーパー君 最終回 | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 本来ならば、余裕でパリに到着して、オスカルと会ったプテイ・ローズガーデンに行けるはず・・・だった。

 何故、こんなことに巻き込まれるのかな?と救急車に無理やり乗せられ、アンドレは今の状況を冷静に把握しようと努力していた・・・のだが。

 

 「お兄ちゃん、お腹が痛い。」そう言って自分にウルウルした瞳を向けてくる男の子の頭を撫でてやらずにはいられなかった。

 

 昨夜、仕事が終わってからパリに向け、夜行バスに乗り込んだ。隣に座っていたのは10歳の可愛い男の子。子供好きのアンドレは発車してほどなく、彼と仲良くなった。

彼の名はマルコ。週末を利用して、パリに住むおばあちゃんの家に一人で向かう途中だという。

「へえ~。偉いなあ。俺、10歳の時なんか、一人で電車も乗らなかったよ。」

「うん。もう何回もこうやっておばあちゃんの家に遊びに行っているんだ。男の子はね、こうして旅くらい

できなきゃダメだって。ママンが。」家から持ってきたであろう水筒に入ったジュースをコクリと飲んで

マルコはエッヘン、とばかりにアンドレに笑いかけた。

「お兄ちゃんは?ママンの所へ向かうところ?」

「いや、ママンはニースにいるんだ。」

「え?え?じゃあ、彼女に会いに行くんでしょ!顔がにやけてる。」

「ええ~!マジか?」的をつかれただけに、アンドレは少年のようにドギマギしてしまい、窓の外の夜景に目をうつした。「全く…最近の子は・・・。」とアンドレはため息をついた。

「大丈夫!アンドレはハンサムだから。あ~でも相手がミス・パリジェンヌなら無理かも。」

じゃあ、無理かな、とまた窓の方へアンドレは目を向けた。

 

その時だ。ウ・・・・・ンと苦しそうな声がしてきた。

 

「マルコ?おいマルコ!どうしたんだ!」

「お腹、痛い。」マルコは腹を抑えながら、アンドレの膝に頭をのせた。アンドレは今まで少年が持っていた水筒の中身を嗅いでみた。リンゴジュース…いや、そのおくに妙な酸味を感じる。このところの天候不順で傷んだジュースを飲んでしまったに違いない。

 

 救急車が到着し、一人旅の少年の付き添いとしてアンドレが救急車に同乗することとなった。

 

パリ市内の病院に到着し、一通りの治療を受けたのち、マルコは病室へと移された。少年が持っているスマホで連絡をとっているところだが、なかなか連絡がつかないらしい。

 

「アンドレ、ゴメン。デートだったんでしょ?」ベッドに横たわるマルコはアンドレに謝った。

「…子供がそんな心配するんじゃないよ。ママンが迎えに来てくれたら、デートは続行。」

「えへへ。」とマルコは子供らしく笑った。「ね、アンドレ。さっきの僕の言葉、撤回。」

「なんだよ。」

「アンドレなら、ミス・パリジェンヌだって、好きになってくれると思う。」

「え?本当?じゃあ俺、自信持つわ。」

マルコと冗談を言いながら、アンドレは時計を見た。

「売店で何か、漫画でも買ってきてやるよ。」とアンドレは病室を出た。

 

もう4時か・・・・。そう思いながら売店で漫画を買うと病室へ戻ろうとした。その時、

 

「アンドレ?アンドレじゃない?」

「あ…・マダム・・・・。」アンドレは驚いた。声をかけてきたのはオレリア=ルセーブル。なんだか慌ただしい感じでいつもの優雅な雰囲気とは違うとアンドレは感じた。

 

「どうかされたんですか?」

「あ、孫がね、今日遊びに来るはずだった孫がこちらへ来る途中でお腹を痛くして、こちらへ運ばれたって言うから急いで駆けつけたのよ。あの子の家はニースだから、私のほうに連絡が来たの。もう

びっくりしてしまって。」

「もしかして‥‥マルコ君・・・・ですか?」アンドレのその言葉に夫人は目を大きく見開いた。

 

病室へ案内されたマダムはアンドレに丁寧に礼を言った。

 

「ところでアンドレ、今日はパリに何か用事があったのではなくて?」綺麗な瞳にアンドレは何と言おうか、とまよった。すると、

「アンドレはね、恋人に会いに行くの。」と漫画を読んでいたマルコがニコニコしている。

「マ、マルコ・・・!」と焦るアンドレにマダムは「まあっ!」と茶目っ気たっぷりに声を発した。

「もしかすると、あの方?」

「え、あ・・・ハイ。でも、来てくれるかどうかわからなくて。去年二人で行ったローズガーデンなんですが。」

「お急ぎなさい!もう閉園してしまう。ここはもう大丈夫だから。」

彼女はいつもの凛としたオレリア・ルセーブルに戻り、アンドレを見送った。

「アンドレ?」

「ハイ。」

「あなたの優しさは必ず報われます。もう彼女を離してはダメ。」

「ありがとう・・・ございます!」

時刻はすでに5時過ぎ。タクシーを拾ってアンドレは、プテイ・ローズガーデンへと向かった。

パリの土曜の夜はにぎやかだ。パリ市街地から少し離れているガーデンまでも渋滞が続いていた。

 

早く、早く着いて欲しい‥‥!アンドレは心の中で祈った。

 

でも・・・。タクシーがガーデンの正門前に着いたのは、6時30分。覚悟していたとはいえ、やや憔悴したアンドレはタクシーから降りた。

 

しょうがないよな・・・。病人をほうっておけなかったんだ。

 

自分に言い聞かせるアンドレの目の前に、正門を見上げる金髪の女性がいた。忘れもしない、

流れるような艶のある金髪にアンドレは吸い寄せられるように近づいた。

 

「オ、スカル・・・?オスカルなのか?」

「やっぱり、来てくれたんだね。」オスカルは微笑んだ。「見てくれることを願ってテレビで言ったの。

だってアンドレ、いきなりいなくなっちゃうんだもん。」

「ゴメン。閉園時間前に間に合わなかった。本当に、ごめん。」

 

二人は正門前にある小さなチェアに腰掛けた。

「薔薇の香りは、ここからでも香ってくるね。」アンドレは言った。

「あれから私ね。」一呼吸おいてから、オスカルは言った。「あの時コンペで優勝して以来、あれ以上の作品が自分で書けていないような気がするの。あなたがいなくなってから。」

 

少しの沈黙。そして。

 

「どうして?私から離れてしまったの?ただの転勤?嘘だよね。」青い瞳が彼を射す。

「…嘘だよ。俺みたいな田舎者が君のようなお嬢様の近くにいちゃいけないって思ったんだ。悪い、

俺そういう所、ビビりなんだ。それに、元から南仏に戻るつもりだったし。」

「私はさ。」オスカルはぎゅうっと、自分のこぶしをにぎった。

「あなたがいたからコンペに勝てた。あなたと出会えたから、あの1週間頑張れた。あなたとあの日、

手を繋いでウッドチェアに座って青い空を見れたから、素敵な言葉を紡げたんだよ!」

 

素をさらけ出す彼女をアンドレはただただ見つめた。

 

「アンドレ、ずっとあの時から、あなたの事忘れたことはない。」

 

夜の風がまた、薔薇の香りを運んできた。

 

「オスカル、椅子に登って正門くぐっちゃおうか。」アンドレはウインクした。

「え?だって閉園時間・・・。」

「俺、罰金払う位は稼いでるから。」そう言って椅子を正門に近づけた。

幸い、正門の高さはさほど高くない。長身の二人ならば椅子を使えば問題なさそうだ。

 

アンドレが椅子を支え、オスカルは正門を超え、園内へ入った。アンドレも後に続き、二人とも

夜の園内へ入ってしまった。

 

「俺、生まれて初めての軽犯罪者。」「私も。」二人は笑い転げた。そして、去年エントランス前に広がっていた大理石の水盤の前に立った。水面にはたくさんの薔薇の花が浮かべられ、月の光が花々を照らす。

 

アンドレはオスカルと向かい合った。

 

「俺もこの一年、君の事を忘れたことはない。今日その言葉を、ここで言いたかった。」

 

すい・・・と彼の大きな手が彼女の頬を撫でる。「キス・・・してもいいか?」

 

彼女が頷く前に、唇は彼のそれに塞がれた。お互いの両手が相手の体をこれでもかと包み合う。

  

甘く時がとまってからどれくらい経った後だろう。オスカルは彼の顔を見上げた。

 

「ねえアンドレ。翻訳の仕事はどこでもできるの。南フランスは良いところだって聞いてる。私が

住めそうな部屋、探してくれないかな?」

 

「え?それってオスカル・・・?」

 

「でも私、不器用だから時々家事とか手伝ってほしい。泊りがけで。」

 

「もちろんだよ。でもその前に、そろそろここから出ようか。」

 

二人はこの瞬間を惜しむ様に、再び抱き合いながら体を揺すりあった。

 

ここは、18世紀の頃より、こじんまりと数々の薔薇が植えられていたところ。

革命がおき、20世紀の世界戦争下ですら、奇跡的に残った数々の薔薇。

その昔、貴族の娘と幼い頃より彼女の従僕として育った青年がたまの逢瀬をした場所、という

ロマンチックな言い伝えがある。

 

21世紀のこの二人がその事を知っているかは定かではないが、二人は、ごく自然にここへ引き寄せられたのだろう。

 

1ヶ月の後、ニースのとある小さな白い一戸建ての前に、引っ越しのトラックが到着した。

家の前では・・・アンドレがエプロン姿でトラックの到着を待っていた。

 

おしまい