私のハウスキーパー君⑨ | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 

 約1年が経過した。また、花が咲き乱れる季節がやってきた。

 

 ここニースは国内外の観光客でにぎわう風光明媚な土地だが、アンドレの実家、そしてそこからさほど遠くない彼の勤務地は、いい意味で古い町並みが残るところ。

 

 「アンドレ、新規のお客様の申込書、ここに。」営業所のサブ・リーダーのルチアがアンドレに微笑みかけた。「ああ、ありがとう。俺は現場好きだから、ルチアの事務能力の高さにはいつも

感謝しているよ。」「あ~あ!無自覚マダムキラーの殺し文句は健在ね。女性キーパー達の

キラキラ輝く眼差しに、あなた気が付かないの?」

「・・・・だから言っただろ?俺、現場の肉体労働バカだから、そういうの鈍いんだよ。」

 

サバサバしたルチアは、アンドレがまだ少年だった頃からの幼馴染。異性なのに何となく空気があうっていうのか、高校が同じせいもあって、一緒に帰ったり、たまにアイスを買い食いしたりする仲だった。在学中にアンドレは親友がルチアに想いを寄せていることを告げられ、アンドレが彼女にその想いを伝えてやった。その親友が今のルチアの夫である。

 

 こちらに引っ越しニースの営業所でルチアが働いていると知った時、アンドレはびっくりした。

二人とも十数年振りの再会が嬉しくて面白くて笑いあってハグした。Uターン就職とはいえ、新しい職場と言うのは何かと気を使うもの。ルチアの存在はアンドレにとって大いにありがたかった。

 

 そう、オスカルの事を忘れるのにこの1年、仕事に没頭し幼馴染のルチアとああでもない、こうでもないと仕事の打ち合わせをしながら時を忙しく過ごしてきた。

 

それでもなお、仕事と仕事の狭間で思い出すのは輝く金髪と切れ長の青い瞳。時折妙に頼りなげな少女の様な表情をするオスカルの顔だった。今はどうしているのだろう。コンペの結果はどうだったかな?いや、それよりもまだ一人なのだろうか、それとも・・・・。

 

 休憩室のテーブルで紙コップに入ったコーヒーを手に椅子に腰かけた時、アンドレの瞳はテレビ画面にくぎ付けになった。

 

「今輝いている女性」みたいなテーマの番組らしく、司会の女性が微笑みながら金髪の女性と歓談していた。

 

オスカルだった。

 

今をときめく女性翻訳家として注目され、その美貌も大いに話題になっている、との事だった。その理由が、以前は企業関係の翻訳が主であった彼女がコンペに出品した作品が認められ、その優しく艶のある文章が、老若男女問わず多くの読者を魅了してやまないという。

 

「以前はどちらかと言うと、ビジネス関係の仕事を多く扱っていらっしゃったんですよね。そんな

オスカル・フランソワさんがコンペで優勝を勝ち取った作品、私も読ませていただきました。恋人同士が戸惑いながら、少しずつ心を寄せていく描写がなんとも暖かく、わざとらしくないのに克明に書かれていました。感動しました。その時、何か心境の変化でもあったのでしょうか?」

 

アンドレがテレビ画面にくぎ付けになっている姿を、ルチアはお茶を片手に後ろから見ていた。

 

「そうですね。」オスカルははにかむ様に、笑った。「あの時、恋愛と失恋を1週間で経験しまして。」

「ええ?それはまたドラマチックと言うか。」

「私の家は何というか旧家で。姉達もいわゆる『いいところの坊っちゃん』と親に言われるまま結婚していて。私は押し付けられる人生が嫌で、自分の技術で生きていこうって意地を張っていたんですね。

勉強は好きだったのでそれなりに企業様からの仕事のオファーをたくさんいただけるようになって。

 でもなんだかね、心が乾いてしまって。そんな時に出会ったのがあのコンペだったんです。大変でした。本業もあって、苦手なロマンス物の翻訳もしなくてはいけない。部屋の中は洗濯物と、本の山。

食べ物には執着無くて、ゼリー飲料をカブトムシみたいに飲んでましたね。」

司会の女性が思わず微笑んだ。「そこで、憧れの君が登場・・・という?」

「いえ、そんなロマンチックなものじゃないですよ。汚部屋になりそうな私の生活を見かねて、姉が

1週間限定で、ハウスキーパーを派遣してくれたんです。」

「ハウスキーパー・・・がその彼・・・・ですか?」

「ええ。家事だけを黙々とやってくださればよかったんですが、お節介なくらい私の元気が出る物を

ポン、と作ってくれたり、気分転換、とか言って連れまわしてくれたり。もうこの人、ハウスキーパーとか言ってみんなにこんなことしてる?って呆れました。」

 

君にだけだよ?オスカル

 

「まあ、彼のおかげであのコンペに優勝できたんだな、って思います。色々な事を教えてくれましたから。だからいなくなった時は・・・。」オスカルは下を向いた。

「あの、これは公共の電波ですけど、何か彼に言ってやったら?」冗談交じりに司会の女性は言った。

「バカ、とか出てこ~い!とか好き勝手言っちゃってくださいよ。」

 

アンドレは画面を凝視した。そんな彼をルチアは呆れた顔で見守っている。

 

「そうですね。それでは。」オスカルは顔を上げて、テレビ画面に青い瞳を向けた。

「元気ですか?あの薔薇園は今年も期間限定みたい。また、薔薇が見たいなあって思います。

ウッドチェアから見上げた空、綺麗でしたね。」

 

その後、CMや司会者の声が何か聞こえていたが、アンドレの耳には入ってこなかった。

 

「アンドレ。もしかしてその人の事、あなたも・・・でしょ!」ルチアはアンドレの耳を引っ張った。

「ルチア‥・いてて。何すんだよ。」

「こんなウザいハウスキーパーあんたに決まってるじゃない。あんたさ、昔っからそう。何でも卒なくこなして重宝がられるのにどっか間が抜けてるっていうかさ。そんな人がよくもまあ、ハウスキーパー・リーダーやってるわよね。」

「ルチア・・・。」アンドレは耳をさすりながら彼女を見上げた。

「明日土曜日でしょ?行って来たら?パリに。アンドレが居なくても2,3日何とかなるって。」

そう言うと、ルチアは紙コップをクシャクシャと丸め、休憩室から出ていった。

 

「プテイ・ローズガーデン 開園期間 2022」でアンドレは検索した。

 

「・・・・今年のガーデンは、園内整備のため、6月18日(日)18:00で閉園いたします。次回開園予定は1か月後・・・・。」

 

今日は6月16日、金曜日。

 

アンドレはその日の業務を終え、二日間の引継ぎを頼み、その日の最終電車でパリへと向かった。

 

 

次が最終回・・・・だと思います。