私のハウスキーパー君⑧ | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 「やった!できたよ、アンドレ。」アンドレのハウスキーパー最終日、オスカルは自分の部屋から飛び出し、せっせと保存食の下ごしらえをしてくれているアンドレに抱きついた。

 

メッチャ、心臓に悪いんだけどな。自分がとびきりの美人で、こっちが生身の男だってこと、少しは

自覚しろよ!犯すぞ、まったく・・・。

 

心の中で舌打ち、心臓をバクバクさせている気配を目いっぱい隠してアンドレは彼女に微笑んだ。

「できたって・・・・ア、もしかするとコンペに出す作品?」

「そう!2,3日前までボキャブラリーと感性の限界を感じてたけど、アンドレのおかげだよ。アンドレがローズ・ガーデンに連れて行ってくれて、手を握ってくれたでしょ。あの瞬間から私の頭の中に、恋人同士のゆらゆら揺れながら寄り添っていく様がイメージできたの。感謝します。」

 

そんな意味深な発言、めったにするもんじゃないぞ!この能天気お嬢さまが!

 

「そうかあ・・・。本当におめでとう。1週間だったけど、君の仕事の役に立てて、本当に良かったよ。

疲れただろ、暖かいココアを淹れようか。」

 

「うん・・・それも嬉しいけどアンドレ、今日は私に夕食をご馳走させてくれないかな。お客と飲食はダメって言うのなら、アンドレがタイムカード押した後の完全オフの時ならいいでしょ?」

 

「あ…ゴメン。実は今日、急にお客様の所へ行かなくてはならなくなった。年配の女性なんだが少し

本調子ではなくて。昨日の夜、連絡が入った。」

 

「そう、そうなんだ。」彼女の瞳が一瞬翳りを見せた。でもすぐに笑い顔を見せてくれた。

 

ごめんよ、その笑顔が今の俺には切ないんだ。ルセーブル夫人、俺の嘘に付き合ってくれて感謝します。「今夜、夫人の家の仕事が入った、という事にさせていただきたいのです。」

アンドレからの予想外の依頼に、オレリア=ルセーブルは何も聞かず、

「それでは換気扇のお掃除を。あとはお喋りのお相手でも。」と言ってくれた。

 

そして、運命の午後4時となった。今、この瞬間でオスカルとの契約は終了する。

 

エプロンを外し、アンドレはオスカルに握手を求めた。

 

「1週間、お世話になりました。」

「こちらこそ・・・・えッと、本当にありがとうございました。」

「サラダは作って冷蔵庫。ビーフ・ストロガノフを煮込んでみたから食べてね。ちゃんと朝めし、食べてね。」

「・・・・わかってる。」

「あと、洗濯物は溜めないようにね。」アンドレはニヤッと笑った。「わかってるってば!」

「あと、美人なんだから色々気をつけろよ?」「何よ、それ。」

「アハハ!あとコンペの優勝ゲット、心から祈ってる。」オスカルの青い瞳が彼を射抜く。

 

「じゃあさよなら、オスカル。」

「さよなら…アンドレ。」

 

ドアをパタンと閉め、アンドレはドアノブに手をかけたまま、空を仰いだ。

 

閉められたドアの内側で、オスカルは床に膝をつき、頭を垂れた。

言いたかった。でも言えなかった。私のつまんないプライドが私をどうしても恋する女の子にしてくれない。

 

アンドレ、あなたが好きになったの。もう会えないなんて、やだ。

 

こんなに簡単な一言を、私は言えなかった。涙が自然に込み上げてきた。

 

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その夜。換気扇の掃除を終え、アンドレはオレリア=ルセーブルが淹れてくれるハーブテイーをご馳走になっていた。今日の嘘に付き合ってくれたことのお礼と、ほどなくしてニースの営業所へ転勤になったこと、今までお世話になった事への感謝などをアンドレは彼女に伝えた。

 

「そう…残念だわ。こんなに素敵な男性が来てくれていたのに。失恋しちゃった。」とオレリアは大袈裟にがっかりした。

「申し訳ありません。母も一人で田舎にいるもので。私の後には陽気なデイジーって子が来ます。

とても気が付く女性なので、ご安心ください。それに俺と違って…チャーミングですよ。」

 

真顔で話すアンドレにオレリアはコロコロと笑い転げた。でもその後で真顔になった彼女は言った。

 

「あなたの、恋はどうなるの?」

「今日で、仕事の契約期間が終わりました。つまり・・・終わりました。全て。」

「それでいいの?あなたは。」

「いいんです。あれから会社の方で、彼女の家庭の事を知りました。格式の高い、伝統を重んじる家柄だという事を。彼女自身はそんな伝統にすがることを嫌い、今は自らの能力で翻訳家として生きていますが。」

「それが何だというの?人の気持ちはそんなつまらないもので終わりにするものではないわ。」

「もういいんです。この転勤は多分、彼女とのピリオドを打つ決心をくれたんだ…と思っています。」

 

ご馳走様でした、お元気で、とアンドレは帰っていった。

 

「アンドレ、面と向かって言わないけど、あなたは大馬鹿者だわ。」

ショールを肩にかけ、アンドレを見送った夫人はため息をついた。

 

 

二日後にアンドレはパリを去り、ニースに向かった。

 

その事をオスカルが知ったのは、数日後のことだった。その日、オスカルは生まれて初めて一日泣き明かした。

 

 

続く。