お出かけの支度を終えたオスカルを車に乗せて、アンドレはエンジンをかけた。
「えっと・・・どこに連れてってくれるのか・・・な?」助手席に座ったオスカルは、恐る恐るアンドレにたずねた。だってさっきの気迫は、この数日で見てきた穏やか100%モードの彼とは全然違う!
「それは着いてからのお楽しみね。」と、運転してからの彼は今までの彼に戻っていた。
このギャップで、ずいぶんたくさんの女の子、泣かせてきたんだろうな・・・・。なんてオスカルははあ~
っとため息をついた。
パリの賑やかで華やかなな通りを抜けて、緑の多い通りを抜けると、大きな標識が出てきた。
プテイ・ローズガーデン300メートル先右折
アンドレは滑らかなハンドルさばきで右折した。
「わあ・・・。」ローズガーデンに到着し車を降りると、オスカルは歓声をあげた。エントランスをくぐると、真四角の大理石の水盤に水がたたえられ、そこには目の前に広がる数々の薔薇が映し出されている。水面にうつる薔薇と、リアルに広がる花園が、現世なのかしら?と思わせるような美しさだ。
「信じられない。こんな所がパリから少し離れたところにあるなんて。」オスカルはつぶやいた。
「期間限定で開いているローズガーデンなんだ。ウチの所長に教えてもらってね。君をどうしても
連れてきたかった。さあ、先に進もうか。」
アンドレに導かれるまま、季節の花が咲き乱れる小径をすすみ、緑の芝生が広がる人工的な
「草原」に辿り着いた。そこには、幾つものウッドチェアが置かれていている。
「ここに座って。オスカル。」アンドレはウッドチェアが二つ並んでいるところの一つに彼女を誘った。
アンドレとオスカル。二人は揃いのウッドチェアに座り、空を眺めた。雲一つない青い空。
オスカルはすう・・・と息を吸った。隣を見れば彼もウッドチェアに腰掛け、ぼうっと空を見ていた。
なんだろ・・・自分の中に燻っていたもの・・が綺麗な空気の中で、っていうか彼との時間の中で
風化されてどっか行っちゃったみたいな気がするんだ。
「ね、アンドレ。」「ね、オスカル?」二人は同時に言葉を紡ぎ、吹き出した。
「君からどうぞ?」アンドレは笑う。「えっと・・・俺はちょっと手でも繋いでみない?みたいな事を言ってみたかっただけど?」
当たりだよ、アンドレ。私もあなたと手を繋ぎたいわ。
オスカルは微笑んで、彼に手を差し出した。彼の手が、彼女の細い手を丸ごと包んでしまう彼の手が
ぎゅうっと彼女を包む。
オスカルは照れくさそうに笑った。
「どうかな・・・・?少しは君の仕事の役に立てればいいけど?」アンドレは微笑んだ。
オスカルの顔が見れるのは、あと数日。そうしたら俺はパリにはいない。
昨日、所長のエリザから言われた言葉をアンドレは心の中で反芻する。
「ウチの親会社がね、あなたの仕事を評価してくれたわよ。ニースの営業所でハウスキーパー・リーダーとして働いて欲しいって。ほらあなた、お母様が心配だから実家に近いところに転勤できれば、って以前言ってたでしょう?」
そうだった。以前母が心配で、そろそろパリから故郷の方へ戻ろうと思って転勤を希望していたっけ。
この事を聞いたら、母は「もう…心配性ねえ、アンドレは。私は大丈夫なのに。」と言いながらも嬉しそうな顔をしてくれるだろう。
そうだな、ここが潮時だ。今以上、オスカルに深入りしてはいけないんだ。
彼女もまた、俺とこれ以上のことは望んでいないはず。
オスカル、コンペ頑張れ。あと3日、俺は君のハウスキーパーだよ。
ぎゅうっと彼に手を握り返されたオスカルは、照れくさそうに彼に微笑んだ。
作中に書かれているプテイ・ローズガーデンは、実在のNガーデンを使わせていただいています。
二つのウッドチェアが点々と置かれていてとても癒される場所です。