5月の夕暮れは、まだまだ明るくて、待ち合わせにはちょっぴり神経を使ってしまう。
ジャルジェ家の庭・・・むしろ、薔薇園、と言った方がいいかもだが・・・には、今を盛りと薔薇の花が咲き乱れ、庭師が見事に剪定した緑が薔薇の花と見事な景色を構成している。
そこのある一角に、人がちょっと隠れるくらいのスペースがある。そこに立っているのは、見事な金髪の女性が一人。
彼女の姿を厩から遠巻きに見ている馬ていのミシェルは苦虫を噛み潰したような顔で、隣にいる
黒髪の幼馴染にボソッと語りかけた。
「なあ、アンドレ。俺はお前のマブダチだからよ。お前のことはよお~っくわかってるつもりだ。」
「うん・・・ありがと。それに今日の事もすごく感謝してる。」
「そんなのはいいよ。俺だってついでにパリで一杯やろうと思ってるから。それよりなあ。」
「な、なんだよ。」
「俺はお前の女の好みはそれほどアブノーマルとは思っていねえ。ほれ、一緒にパレロワで
童貞卒業したときだって、そこそこのお姉さんにお世話になったよな?な?」
「おいっ。あんまりでかい声で言うな!あいつはすごくヤキモチ焼きなんだ、ああ見えて。」
「だったらなあ・・・・男とデートするなら、もっと可愛い格好とかさ、女らしくお洒落するとかするのが、彼氏への気遣いってもんじゃないのかね。」
あれ見ろや、と先ほどの庭園の一角を指さした。
「ありゃあどう見たって、男とデートする女っていうよりも、今からパレロワで一戦交えるって男の風体だぜ?いいのかよ、お前。」
「う~ん。まあ色々と事情があったんだと思うよ。」アンドレもまたため息をつき、昨夜のオスカルの言葉を思い出していた。
「明日は初めてのお前とのパリ散策・・・デートだぞ!私は絶対女装する!」
「オスカル、女装じゃないよ。ドレス着るんでしょ。でも楽しみだな。」
オスカルの精一杯の可愛い「デート宣言」にアンドレは喜んだ。
そして今、庭園の隅っこで恋人を待ちわびる彼女の姿は、
シンプルなベストに同色のキュロット。地味だが仕立ては良い。
同系色のイケメンなシャツ・・・・どこから見ても、美貌の青年。
「まあ、オスカルはオスカルだから。」とアンドレは自分に言い聞かせ、そろそろ頼むよ、とミシェルにパリまで送ってくれるように頼んだ。
一週間前の夜、二人の事を一番よく理解してくれている侍女ポリーヌにオスカルは頼みごとをした。
「ポリーヌ、今度の水曜日の夜、アンドレとパリ散策へ行くんだ。仕事抜きで二人で出歩くのは初めてで、その・・・・。」
「あらあ、アンドレと初デートですね?わかりました。アンドレにお似合いな街娘のドレスをお召しになたらいかがでしょう?」
「うん・・・実はその事でポリーヌの力を借りたくて。」
「おまかせくださいね。オスカル様のお手持ちのドレスを私が少し手直ししてみますから。」
言葉少なくても事情をわかってくれる、この姉のような侍女にオスカルは抱きついて礼を言った。
ところが二日前。
ポリーヌの年の離れた妹が急に産気づき、急きょ妹の嫁ぎ先にお手伝いに行く事になってしまった。
「申し訳ありません、オスカル様。お直しはもうできていますから、侍女に申し送りしておきますので。」
そう言って彼女は、数日の間、お屋敷不在となった。
ところが、何らかの手違いで、申し送りがうまくいかず、デート当日のオスカルの手伝いをした侍女は、
少々頭の固いクレアだった。
「アンドレと、夜出かけるのでございますか?お嬢様。」
う・・・なんだか圧を感じる。オスカルは嫌な予感がして、冗談めかして笑った。
「あ、うん。アンドレと一緒に警らを兼ねてね。パリもほら、物騒になってるだろ?仕事の一環みたいなものだよ、うん。」
「そうですか・・・・。それでは仕立てはいいけど、地味な感じの服にいたしましょうね。アンドレとは同僚、といった感じでまいりましょう。」
そしてできあがった姿が、サンジュストも霞むほどの美青年姿だった。
「ごめん、アンドレ。街娘のようなドレスをお前に見せたかったのに。」
オスカルはため息をついた。もうすぐ夕暮れ時。暗くなったらアンドレが迎えに来てくれる。
本当に、ごめん。
オスカルは2回目のため息をついた。
軽めのラブコメです。