ワインの雫は愛の雫 | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 「久しぶりだなあ。私だけ来れなかったから本当に久しぶりだ。なあアンドレ?」
 上目遣いで拗ねたふりをして自分を見上げるオスカルにアンドレは苦笑いで答えた。「そりゃそうさ。
隊長殿はいつもご多忙で従者の俺が慌ただしく視察と収穫の手伝いに来るってのがここ数年のルーティーンになっていたからね。」
 「そんなこと言ってはいつも美味いワインを一足お先にご馳走になっていたんだろ?」とオスカルは口をとがらせるふりをしてアンドレの頬っぺたを軽くひねった。

 この数年、色々な事があった。オスカルは近衛をやめ、平民や下級貴族からなる衛兵隊B中隊の隊長となった。新任当時は「大貴族のお嬢さまの戯れ」だの「愛人を連れ込んで司令官室で何をしてるか分かったものじゃないさ。」などと影口を叩かれたものだが、兵士たちと真摯に向き合うオスカルの心はやがて彼等の心を掌握した。

ところが。

そんな矢先、ジャルジェ家の馬車でパリに向かったオスカルとアンドレは貧困と飢餓で喘ぎ怒りを抱え込んだ民衆の暴行の標的となってしまった。馬車から引きずり降ろされ頭に一撃を受ける寸前、オスカルはたまたま通りかかったフェルゼン伯に助け出された。かつて自分が熱い想いを寄せた男性に助けられた・・・その事にオスカルは感謝こそすれ、わずか一かけらの恋心すら呼び覚まされることはなかった。いやむしろ、自分が助けられた腹いせにアンドレはどうなってしまったのだろう!と言う恐怖に戦慄を覚えた。
 「アンドレが…私のアンドレが…。」取り乱す彼女の表情、声の様子から色恋に長けた北欧の貴公子は彼女の心の内を知った。彼は自らが囮となり、オスカルは何とかアンドレを肩に担うと古ぼけて汚い馬車を拾って屋敷へ帰りついた。
 
 軽い打撲と、幾つかの傷、そして軍服が方々破けてしまった程度ですんだオスカルとは異なり、頭と腹に強い打撲を受けたアンドレは数日間意識が戻らなかった。
 オスカルに迷いはなかった。侍女のポリーヌが懇願しようと、マロンが諫めに来ようとアンドレのベッドの脇をオスカルは離れなかった。最後にはマロンも根負けし、「きちんとお食事をとり、日付が変わる前に自室に戻られるのであればアンドレを見舞ってください。ただしお忘れくださいますな、アンドレはお嬢様の従者でございます。平民の男でございます。お忘れくださいますな・・・。」と繰り返しオスカルに告げた。

 最後の一言は切ないものの、マロンの寛大な配慮にオスカルは老女を強くハグした。

そして、アンドレが床についたままとなって3日目の夜。

オスカルはアンドレが部屋に隠し持っているワインの瓶をそうっと取り出すと栓を開け一口、口に含んだ。
それを彼の唇にあて、時間をかけて彼の腔内にワインを流し込んだ。それを、何回か繰り返した。
「目を開けてアンドレ。早くよくなって。ほら、ノルマンデイのワインだぞ。いいか、お前が良くなったら一緒に行こう。」

その時、ピクリ、と彼の体が動いた。オスカルは驚き、パタパタと部屋を出て泊まり込みで来てもらっているラソンヌ医師を呼びに行った。



それからしばらく経ってからの今日、オスカルはアンドレと共にノルマンデイの領地に来ていた。

日頃の激務へのご褒美、二人の怪我の療養も兼ねての視察だが、時はまさに、葡萄の収穫時。見渡す限りの緑とたわわに実る宝石のような果実に、オスカルは目を細めた。療養とはいえ、アンドレ自身の性格と回りからの期待もあってオスカルと一杯のお茶を楽しんだ後、彼は収穫の手伝いへと行ってしまった。

「全く、また私を一人にして。」畑が見渡せるところに建つコテージの窓からアンドレの姿を追いながらオスカルはポツリとつぶやいた。

 以前、ここを訪れていた頃はさほど気にも留めなかったアンドレの働く姿が今はとても気になる。特に若い村娘が彼に親し気に話しかける度、オスカルの体はピクリと反応してしまうのだった。
「情けないな、私としたことが。」フッと彼女はため息をついた。

その時、「アンドレ!」と艶のある女の声でオスカルは顔を上げた。
「アンドレ?まあ、アンドレじゃない。一段と素敵になったわ、あなた。」あのジョアンナだった。彼女は、収穫した葡萄が山ほど入っている籠を抱え手がふさがっているアンドレの首に両手をかけその頬に口づけた。

「ジョ、ジョアンナ?」びっくりするアンドレ。
目を大きく見開きその光景を見てしまったオスカル。

「何をするんだジョアンナ。私の・・・私のアンドレに・・・・」一人しかいないその場所で、オスカルは何度も何度もその言葉を繰り返した。

村の青年マリウスと結婚し、その後3人の子供に恵まれたジョアンナは、所帯持ちとは思えないほどに艶やかで美しかった。栗色の髪は以前に変わらず豊かで艶があり、母親になったことで彼女の美しさに程よい丸みが加わっていた。

そのジョアンナが、蠱惑的な瞳でアンドレを見つめている・・・・!

オスカルは息苦しくなり、その場を離れてしまった。

その夜、以前と同様に提供された村長宅の広い部屋で、オスカルはぼんやりと窓の外を見ていた。

昼間のジョアンナの彼への口づけを見て以来、オスカルはアンドレとろくに口をきいていない。
食事もスープを一口、パンを一切れ口にする以外はマダム自慢の鴨の煮込み料理にも手を付けなかった。

「オスカル、入っていい?」コツコツとドアをノックする音と共に聞こえたのはアンドレの声。
「はい…れ。」ドキリとした心中を見透かされまいと、オスカルはいつもの命令口調。
「メルシ」そう言って入ってきた彼の左手には盆に手でつまめる食べ物とワイングラス、ワイン入りのカラフェがのせられていた。

一刻も早く、顔を見たかったのに彼と顔を合わせられない。
彼に話したいこと、たくさんあるのに話せない。

こんなどうにもならないジレンマに、オスカルはもがいていた。そんな、何かいつもと違う彼女の様子を見て、アンドレはう~ん、と首を傾げた。
「昼間からお前の様子がおかしいのでずっと注意してみていたのだが・・・。夕食もほとんど手に付けていなかった。どうしたんだ?ほら、プチサンドイッチとワインを持ってきてみた。」

盆の上のプチサンドは、オスカルが好きな生ハムにヤギのチーズ、自家製ピクルスが挟んであり、実に美味しそうだった。多分、アンドレが彼女の好みを伝え作らせたものだ。でも・・・・。
「どうせ・・・・だろ?」
「何だ?よく聞こえないよ。」
「どうせ!ジョアンナが用意してくれたんだろ?」
「それがどうしたんだ?村長の奥方は今日はたまたまお留守だそうだ。嫁いだとはいえ娘のジョアンナが来客のもてなしをすることがそんなにおかしいのか?お前の好みを俺が伝えて、作ってもらったのだが、それが気に入らなかったのか?」
「違う、違うんだ。アンドレ気づかないのか?ジョアンナはお前の事が好きだ。」
「はあ?何を言ってるんだ。彼女にはマリウスっていうナイスガイの亭主がいるだろ?子供だってすごく可愛がってる。何故俺なんだよ。」
「じゃあ、なぜお前の頬に口づけた?昔から彼女はお前の事をすきだったはずさ。」
口が勝手に言葉を発してしまう。オスカルは自分がつまらない女のエゴをむき出しにしている事にはとうに気づいている。でも止まらないのだ。オスカルの中の理性が、自分の中の女を宥めるのだが、言うことを聞いてくれない。その代償だろうか、涙がポロポロと溢れてくる。
「悪いと思っている。小さい頃はともかく、思春期も大人になってもお前は私に引っ張り回されて。お前なら可愛い娘と所帯を持って暖かな家庭を築いていたはずなのに。私なんかと縁あったばかりに・・・。」

「あ~!もういい加減にしてくれ!」アンドレはグイっとオスカルの腕をつかんだ。そしてカラフェからワインをグラスに注ぎ、オスカルに差し出した。
「そんなにジョアンナの事、お前が気にするのならこれを飲んでくれ。」
「アンドレ・・・。」
「お前がそんなに気になるのなら、ジョアンナやこの村のみんなが作ってくれたこのワイン、俺と一緒に飲みほすといい。俺がお前のジェラシーも飲み込んでやるから。」
オスカルはゆっくりとグラスを傾けた。口の中に、フルーテイで艶めかしい葡萄の香りが広がる。
「その一杯、飲み干した?」
「う・・・ん。」
「そうか、じゃあ俺の番だね。」アンドレはオスカルから空のグラスを取り上げると、彼女を軽々と抱き上げ隣の寝室へと連れて行った。ポン!とオスカルの体をベッドに横たえるとアンドレはワイングラスとカラフェを持ってきてベッド脇の小テーブルに置いた。
「アンドレ、何を?っていうか、お前は飲むのではないのか?」オスカルの質問にアンドレは答えもせず、彼女のタイツとキュロットをゆっくりと脱がせ始めた。
「あ・・・・。」いつかはこんな時が来るだろう、こうしてほしかったんだ、とオスカルは目を閉じた。
あの、アンドレが怪我をした時の猛烈な喪失感、みっともないほどに取り乱してしまった今日の自分の嫉妬心、自分がどんなに理性的に考えたって、私はアンドレに愛されたいとずうっと思っていたんだ。でも怖い・・・怖いんだアンドレ。私は男として育てられ、このような時、怖がる事しかできないのだ。
オスカルが迷い、恥じらい、怖がっている間に、アンドレは彼女の耳元に優しい言葉をかけながらブラウスを取り去り、コルセットを外していく。そして・・・・。

 全てを取り払われた姿でオスカルはベッドに横たわっていた。

 これから始まる夜が、忘れられない幸せで熱い時間であろうことを予感している自分がいた。彼が服を脱いでいるサラサラと砂がこぼれるような音を聴きながらオスカルは、「彼の指はまず私のどこに触れるのだろう。」と気が狂いそうな羞恥と甘い怯えに苛まれベッドにうつぶせて彼を、待った。

「・・・冷たい!」オスカルの背中はピクリと跳ね上がったが、すぐにアンドレに押さえられ、彼女の体は再びシーツに密着させられた。そして、冷たい、と感じた部分に彼の熱っぽく弾力のある唇の感触が追いかけてくる。
ワインの冷たさ、それを補うかのような彼の唇の熱・・・それを感じる度、オスカルの体は熱を帯び、水を求める魚の様にピクリと跳ねる。わかっているのに・・・オスカルは彼にきいた。
「アンドレ・・・何?この冷たい感触は?」
「ワインだよ。お嬢様。」「ワイン?」
彼の唇が触れたところから、芳醇なワインの香りが広がってくるのをオスカルは恥じらいながらも嬉しく感じていた。でもなぜ?アンドレはこんなことを?
「お前がつまらないやきもちをやくからさ。それならいっそのこと、彼女達が作ったワインを俺が飲み干して、その代わりにお前を酔わせたい。」そう言うとアンドレは再び彼女の背中にワインを含んだ唇をあてた。「俺がお前を酔わせれば、俺の気持ちをお前は信じてくれるだろう?」
カラフェに入っていたワインは寝酒程度。オスカルが飲んだ後、残っていたのはせいぜいグラス1杯分くらい。そのワインをアンドレは少しずつ口に含んでは彼女の体のあちこちを濡らし、丁寧に愛撫していった。乳房の先端にもワインを含ませ、ゆっくりと時間をかけてその部分は唇で拭われた。

彼の、この艶めかしい儀式が彼女の体の上で場所を変える度、オスカルは体をくねらせ、声を漏らした。
 
私は・・・今彼に支配されている・・・。

ワインを飲み干すと、アンドレは囁いた。「もう、つまらないことは考えないね?俺はワインを飲みほした。お前のジェラシーと一緒に。」
「もう、そんなわかり切ったことを聞かないで。」
「そう?じゃあ・・・。」そう言うとアンドレはオスカルを仰向けにねかせると、彼女の首筋から丁寧に愛し始めた。
「もうずっと…こうしてお前を愛したかった。ずっと前から。」
「私も、お前に愛されたかったと思う。たぶん、ずっと昔から・・・。」

甘い嵐が去り、二人は蝋燭の光が揺れるだけの明かりの中で眠りについた。

翌日。

オスカルが起きると、ベッド脇のテーブルに置かれていたカラフェとグラスはきれいに片づけられ、アンドレが寝ていた場所は細長くへこんでいる。もうとっくに彼は起きて仕事をしているのだろう。
「あいつったら・・・。」オスカルはフッと微笑み、昨夜の余韻に浸った。その時だ。

コンコン・・・ドアをノックする音。その後で聞こえる愛おしい声。「おはよう、オスカル。」
「はいって。」
「お目覚めはいかがですか?」
「かなりいい…でも体中ワインの香りがするよ。」
「そうだと思った。」そう言うとアンドレは扉に施錠した。「お前の朝の世話を女の子から代わってもらった。朝から領地の管理について詳しい打ち合わせがあるからって言ってね。」

洗面器にはった暖かいお湯に清潔なリネンを浸しながら、オスカルの体を丹念に拭いていくアンドレ。
柔らかなリネンの感触と、暖かな湯の心地よさ、彼の優しい指先の感触にオスカルは幸せを感じる。

 体についたワインは拭き取られてしまうけど、忘れるなよアンドレ。

お前が私にとって最初の男。最後の男だから・・・・な?

 オスカルは心の中でつぶやきウフフっと微笑んだ。

おしまい。