ワインの雫② | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 王妃マリーは、明るく天真爛漫な女性だった。

 

その素直さや可愛らしさは、女性に生まれながら帯剣貴族の後継ぎとして育てられてきたオスカルにとって最初は戸惑いを感じたものの、可憐で眩しく、お守りして差し上げなくてはという思いを起こさせるに十分な資質だった。
 ただ、まだまだ遊びたい盛りの少女のまま嫁いできたマリーは、寂しさと格式ばった王宮での生活への反動で王妃らしからぬ遊び・・・それは仮面舞踏会であったり、賭博であったり・・・で退屈を紛らわすことが常だった。その事は同時に王妃付きの近衛隊隊長であるオスカルを心身共に多忙にさせた。
 アンドレもオスカルに付き従って行動していたので、彼女が身を擦り減らし職務をこなしている姿を常に見ていた。6人姉妹の中で一番美しくお生まれになったのに、と祖母がいつも嘆いているが、彼もまた、細身で美しい外見とは裏腹に過酷な仕事に身をおくオスカルの身を案じていた。

 いや、それよりも。

アンドレはオスカルへの許されぬ想いに苦しんでいた。若者のそのての切ない感情というものは,
どんなに隠しても隠しおおせるものではなく、あるものは見守り、年長のものは厳しく諭した。
何を罰当たりな。自分の生まれというものをわきまえろ、と。
そんなことは痛いほどにわかっている。彼の賢さが一層彼を苦しめた。そして皮肉にも彼の切ない思いに気づかないのは彼を兄弟のように慕い平気で体を摺り寄せてくるオスカルそのものだった。仕事が過激なほど、彼女はアンドレだけには甘える。彼にとってそれは切なく苦しい試練だったと思う。

今年も葡萄の収穫の時期がやってきた。オスカルは多忙のため、アンドレは執事と共にノルマンデイに赴き、なるたけ早く戻るという慌ただしい視察となった。

「私も行きたいなあ。」ぐずるオスカルをアンドレは宥めた。
「しょうがないよ。少しだけ手伝ってきてすぐに戻ってくるさ。まあ、美味いワインお前に代わって一足お先にご馳走になってくるさ。」
「ずるいぞアンドレ。お土産をわすれるなよ。」オスカルはツンツンと自分の肩をアンドレの肩にぶつけ
ふくれっ面を見せた。そんな彼女をアンドレはただ苦笑いで見つめ返した。

久しぶりに見る彼女の無邪気な表情。最近のオスカルの表情は時に艶めかしく、時に思い詰めたように憂いを帯びている。アンドレは気づいていた。

オスカルは恋をしている。愛している女性だからこそ気づいた辛い現実を受け止めながら、アンドレは傍で彼女の苦悩を見守るしかなかった。
相手はフェルゼン。北欧の貴公子。あろうことか、王妃マリー・アントワネットとの許されない恋に堕ちてしまった彼をオスカルは愛していた。

フッ・・・フェルゼン様もまた、かなわぬ恋に身をやつしているのか・・・。いずれにせよ、俺はオスカルにとってますます男としては意識されなくなるという訳だな。

ノルマンデイに着くと、挨拶も慌ただしく、アンドレは率先して収穫の手伝いに参加した。今の自分はむしろ、村の若い衆に混じって畑仕事に汗している方が気が休まる。ここには何回も通っているので男達も気軽に声をかけてくれる。
「お、アンドレ。今年もきてくれたのか。今夜は飲もうぜ。若い娘達もお前が来ると大変な騒ぎようだぜ。」
「冗談はよしてくれ。屋敷でばあちゃんや侍女のお姉さんたちにこき使われて遊ぶ暇もないさ。なるべく早く帰らなけりゃならないんだ。」
「そりゃあ、大変だなあ。」
アンドレと同年代くらいの青年マリウスはポンポンと彼の肩を叩いた。「じゃあせめて、今夜位はつきあえよ。美味いワイン、お前に飲ませたい。」

 その夜、マリウスの家で若い男女が集まって酒盛りが催された。葡萄の収穫を祝い、これからも天候が穏やかにと願って…は建前で、若者同士の楽しい一時を過ごそうというのが本音の開けっぴろげで大らかな酒盛りだ。自慢のワインと、各自が持ち寄った料理、焼き立てのパンで若者たちはこれ以上ないほどに盛り上がり、よく食べよく飲んだ。
 「ちょっと夜風に当たろうぜ。」マリウスはアンドレを誘って外に出た。
ベルサイユと違い、星が良く見える。アンドレは夜風に当たりうっとりとした。日頃オスカルの従者、屋敷では諸々の仕事をこなしている彼は、ああ、自分はまだ生身の若い男だったんだと思い出した。

 「ありがとう、マリウス。早々に帰っちまう俺のためにこんな宴の用意してくれて。」

マリウスはテーブルからせしめてきたワインが入ってるカラフェを丸ごと持ってきていたがそれをグイっと飲んだ。
 「アンドレ・・・俺、ジョアンナにプロポーズするわ。」
「え・・・ジョアンナ?」一瞬アンドレはその名前と彼女の顔が繋がらなかった。
「ほら、あのジョアンナ!村長の一人娘で村一番の別嬪だよ!」
「あ!ああ~あの美人のジョアンナ‼うっわ~がんばれ!お前なら大丈夫。男前だし、働き者だ。絶対にうまくいくよ。」
「いいのか?アンドレはそれで。」
「え?いいのかって?」
「ジョアンナはお前に惚れてたんだぞ?」一瞬、マリウスの顔から笑みが消えた。
「まさか…だってジョアンナは俺よりも年上で姉のように親切にはしてくれてたけど。悪いが俺は、さっきも一瞬記憶をたぐり寄せたくらいだから。俺は全然その気はない。安心してくれ。」
「そうか・・・良かった。でも・・・。」マリウスは言いにくそうに言った。
「それはそれでアンドレ。俺はお前が心配なんだ。」
「なにが・・・だ?」
「オスカル様は今回は来られなかったのか?」
「うん。近衛の仕事が忙しくってね。王妃様もなかなか、自由奔放な方だし。」
「アンドレ、お前オスカル様の事好きだろ。」その軽い口調とは裏腹にマリウスがアンドレを見る眼差しは切なそうだった。
「な、何をマリウス。やめてくれよ。」
「わかるよ、そんなことは。何回かここに来てるオスカル様とお前の様子見てりゃ。若い男のそういった
感情は嫌でも目に付くさ・・・・。辛いな。オスカル様が葡萄畑の娘だったらどんなにかよかっただろうって俺は思う。」ワインをゴクリと飲み込みアンドレを見るマリウスの瞳は泣きたいほどに優しかった。
「・・・・ありがとう。」アンドレは空の星を見た。「まったくなあ・・・。バカだよな、俺って。」
「あきらめられないのか、アンドレ。お前だったらいくらでも・・・」
「笑ってくれよ、マリウス。でもな、気持ちってのは理屈通りにいかないんだ。いつもそばにいて、あいつの笑う顔も、泣く顔も見てきた。負けず嫌いのアイツが泣くのは俺の胸でだけなんだ・・・・全くな、あんな美人のくせして、気のない男の胸板を簡単に使うなっつーの。」マリウスからカラフェをとって、アンドレはワインをグイっと飲んだ。
「でも仕方がないんだ。・・・・愛してしまった。」
マリウスはしばらくじっとしていたが、いったん部屋に入り、ワインの瓶を持ってきた。
「これ。とっておきの一本だ。持ってけ。」そして言った。
「何ていったらいいかわからんが、お前の気持ちを俺は、応援するよ。」

 ノルマンデイから戻り、再び忙しい日々が戻ってきた。そして、オスカルが何かにつけのめり込むようにがむしゃらに仕事をしようとしている様子がアンドレには気がかりだった。わずかの隙間にかいま見る、彼女の憂いに満ちた表情はアンドレに彼女を問い詰めさせた。アンドレは何年振りかでオスカルを自分の部屋に誘った。以前はよく、ここで二人で話をしたものだった。

「オスカル、何があった?」
「何も、ない・・・。」オスカルはグッとこぶしを握った。
「俺にはわかるよ。お前は無理をするとき、嘘をつくときは両方の親指をぎゅうっと握り隠す。もう、
何年の付き合いだよ。」
これから彼女の口から発せられるであろう、辛い言葉をアンドレは待った。「吐き出しちまえ、全て。」

宝石のような涙が、彼女の瞳からポロポロとこぼれ落ちた。

「私は恥ずかしい・・・。帯剣貴族として、武官として生きようと決めたのに一人の男性に心を奪われた。
そしてあろうことか、王妃様が愛している男性に。」
「フェルゼン様・・・?」彼女の無言は、「そうだ」という答えだと、アンドレは察した。
「そして、お前はどう・・・・どうするんだ?」
「彼から言われた。私達は男と女として交わることはない、と。もう少し早く出会っていたら、私が
ドレスを纏っていたら自分達の運命は変わっていたかもしれぬ、と。だから。」オスカルは顔を上げた。
「大丈夫だよ、アンドレ。私はもう・・・。」彼女が言いきらぬうちに、アンドレはグイっと彼女の頭を自分の胸に押し付けた。
「アン…ドレ?」
「ほら、いつもみたいにここで泣け。お前の特等席だよ、ここは。」アンドレは言った。

堰を切ったように、オスカルはアンドレの胸でしゃくりあげた。オスカルの髪をなでながら、アンドレの瞳からも涙が止まらない。彼女の心の傷を男の愛で癒してやれるのがどうして俺ではいけないのだう?
 

気づいてくれ、オスカル!俺の気持ちに。

自室の小さな戸棚に隠し持っていたマリウスからのワインの瓶からコップにワインをつぐと、泣き疲れたオスカルの口にグラスを寄せた。「ノルマンデイに行った時の秘蔵の一杯だ。これ飲んで、眠るといい。」
半分ほどワインを口に含むと、うとうととし始めたオスカルをひょいッと抱き上げ、アンドレは彼女を部屋まで届けた。さすがに・・・ブラウスを脱がせるわけにはいかずベッドに寝かせたがオスカルの寝顔を見ていると愛おしさが溢れてきた。
「オスカル・・・。」彼女の唇を自分の唇で覆い、アンドレは彼女の名をもう一度つぶやいた。
そして。彼女の部屋の扉を閉めると足早に自室へと戻り、グラスに残ったワインを口に含むとアンドレはベッドに突っ伏して、泣いた。

 あくる朝、オスカルは窓から射し込む陽の光で目覚めた。口の中のワインの香りは何か懐かしい記憶を呼び起こした。
 恋ってものが何かもまだわからない頃、年上の綺麗な娘がアンドレの膝に落ちた菓子のカケラをひょいッとつまんで口に含んだところを見た時のチクリとした胸の痛みを何故だか今、思い出した。

「ここに運んでくれたのは、アンドレ?」ふと、オスカルはアンドレがノルマンデイに行った時はどこで
泊まったのだろう、と気になった。

 ほんの少しだが、フェルゼンとの恋に破れた心の傷が癒えていくであろうという予感を感じた。