細かな細工を施された燭台に灯された蝋燭の光は、夜の闇の中にくねる白磁のような肌をぽうっと浮かび上がらせる。その柔らかな白磁の上を、彼の舌先にのせられた赤い液体が優しく濡らすたびに、彼女の体は魚の様にピクリと反り返りそうになる。
「ダメだよ、ワインでシーツが濡れてしまう。」
ベルベットのような彼の低音が彼女の耳に響くたび、オスカルの体は優しくシーツに押し付けられる。されるがまま、ロゼのようにほんのりと紅に染まっていく彼女の体を蝋燭の光越しに見ながら、アンドレは微笑んだ。
これは彼なりの私への罰?優しい彼らしい、私への罰?
オスカルの心の中に、14年前に芽生えた「女の子」のやきもちを覗かれているようでオスカルは面映ゆかった・・・。
1769年の夏。美味しそうな葡萄がたわわに実る季節。ジャルジェ将軍はオスカルとアンドレと共にノルマンデイ―を訪れていた。
来年はオーストリアよりフランスに輿入れが決まっているマリー=アントワネットの護衛としてオスカルは忙しくなる。せめてその前に、領地で寛がせたいとの将軍の親心だった。同時にこの年の葡萄の収穫は素晴らしく、男手があると嬉しいという領民の声を聞いていた将軍はアンドレを同行させたのだ。アンドレが一緒ならオスカルも退屈せず、楽しい時間を過ごせるだろうと思ってのことだった。
15歳を目前にひかえたアンドレは、少年から青年へと脱皮する少し前の儚さを帯びていた。身長はスラリと高く、肩より少し長めの黒い髪を緑色のリボンで綺麗にまとめていた。村の男衆に混じって冗談を言いながら作業をこなしているアンドレの姿は、普段日焼けした村の男達ばかり見慣れている娘達には垢ぬけて見えたのだろう。時折彼女達はキラキラとした眼差しを彼に向けていた。
「ね、アンドレ。お茶にしない?」
朝10時ごろ、彼に声をかけてきたのは村娘達の中でも特に積極的なジョアンナ。無意識でオスカルを目で探しているアンドレの様子に気が付いたのか、ジョアンナは彼の肩に手をかけ少し離れたところを指さした。「オスカル様ならほら、将軍様と村長でテラスでお茶を飲んでいらっしゃるわ。ほら。」
ジョアンナが指さす方向を見ると、コテージのような建物の風通しの良い場所にしつらえられた椅子に腰かけ、3人がお茶を飲みながら談笑しているのが見える。
「そうだね、じゃあちょっとだけ。」そう言って作業の手を休めたアンドレの腕に素早く自分の腕を絡め、
ジョアンナは嬉しそうにみんなが集う大きな木のテーブルへと彼を連れて行った。
村の若い男女がワイワイと話を弾ませている中で談笑しながらくつろいでいるアンドレの姿を、オスカルはチラ、チラと盗み見ていた。そして・・・・。
アンドレの隣で何かと世話を焼く自分より少し年上のジョアンナ。
艶やかな栗の実のような色の髪を、幅広の真紅のリボンで結び、常緑樹の葉のような深い緑色の瞳の彼女は今が盛りの花のように輝いていた。
クルミがたっぷり入った焼き菓子をアンドレに差し出したり、彼のキュロットにこぼれた菓子の粉をさっと取り、自分の口に含むジョアンナ。彼女にとってはなんてことない仕草を見たオスカルは胸にチクリと針が刺さるような痛みと不快感を感じた。
その夜。
村長の屋敷に逗留し、一番広い客間を与えられているオスカルのもとに、ジョアンナがカラフェに注がれたワインを運んできた。
「失礼いたしますオスカル様。今年のワインをお持ちいたしました。オスカル様にワインを運ばせていただく幸運を頂きました、ジョアンナですわ。」
「ありがとう・・・・ジョアンナ。」言葉少ななオスカルの様子を見て、お疲れかしら、と思ったジョアンナは早々に退室した。一人になってオスカルはほうっとため息をついた。
村長の娘だったのか、ジョアンナは。美しくて魅力的な女性だ。さぞや男達にモテるのだろう。
アンドレはどう思ったのだろう。あんな美しい女性に親切にされて。ときめかないわけがない・・・よな。
オスカルは何だか腹が立ってきた。
ジョアンナが運んできたカラフェをもって窓を開けた。カラフェの先端を右手で持ち、外に突き出した。
捨ててしまおうか。あんな女が持ってきたワインなんて。
カラフェを傾けた。赤い液体が少し地面にこぼれた。オスカルは急いでカラフェを持ち直し、窓を閉めた。
こんなことしてはいけない。だって領民たちが丹精込めて作ってくれたワインだもの。
オスカルはカラフェからワインをグラスに注ぎ、口に含んだ。
ワインはほろ苦い味がした。