二人だけのピクニック | cocktail-lover

cocktail-lover

ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 「可愛い!野の花ってきれいだね。それもこんなにたくさん。」

 

ふんわりとしたドレスのオスカルは、野の花が咲く見晴らしの良い丘陵地で、子供の様にクルリクルリと円を描くようにスキップしている。柔らかなインド綿のストンとしたドレスを着てはしゃぐ妻の姿は、ルネサンスの巨匠の絵から抜け出てきた少女のようだ。

 

天使が女の姿を借りて地上で戯れている‥‥そんなことを考えながら目を細めながらも、身重の妻の無邪気さを心配しアンドレは声をかけた。「おい、あんまり走り回るなよ。全く‥‥安定期に入っているからとはいえ、俺達の天使を早々に起こしてしまったら、大変だぞ。」

 

 日差しが降り注ぐ日曜日。オスカルとアンドレは初めて会った日に訪れた公園のバラ園の奥に広がる丘陵地を訪れていた。出産を控え、今は翻訳の仕事を最小限にしている彼女。出産のための諸々の準備というのが表向きの理由だが、家族が増える前に、二人きりの時を大切に過ごしたいから、というのが本当の理由だった。

 

土曜日の夜。明日はどこかへ行こうか、とアンドレがたずねたら、二人が出会った日に行った公園に行きたい、と答えた彼女。

 

翌日の朝。ゆで卵、キュウリ、トマト、今はやりのサラダチキンにローストビーフ、ゴーダチーズを用意し、食パンにこってりとマスタードとマヨネーズを塗りたくり、古式ゆかしい正統派サンドイッチが二人の共同作業でできあがった。それらを季節の果物と、オレンジジュースと共に年季が入った籐のバスケットに詰めた。さらに、おしぼりとゴブレット‥‥お気に入りの雑貨屋で買った限りなくバカラを模したプラスチック製のやつ…も一緒に詰めた。

 

 オスカルの体の事を考えて、公園からすぐのところに車を止めて、秋薔薇が咲き誇る公園へと二人は入っていった。重いものは持っちゃダメだよ…まるで深窓の令嬢に仕えるばあやの様な夫の言葉に苦笑いしながら、オスカルはフワフワと軽いケットと敷物が入ったバッグを子供みたいにブンブンと振り回しながら、空いている方の手はしっかりと夫とつながれている。

 

目の前に広がる緑と、可愛い野の花に目を細めながら、オスカルは次々と花の名前をアンドレにたずねた。

「ね、アンドレ。このぽわぽわした貴婦人の帽子みたいな花は?」

「それはね、ノハラアザミ。」

「この可愛い鐘みたいな花は?それとあっちのピンク色の花は?」

「こっちがリンドウ。あっちのは、カワラナデシコ」

すぐに答えてくれる夫に、オスカルは驚いた。

「すごい。アンドレは花の名前、よく知っているんだね。」

「ああ。昔おばあちゃんによく教えてもらった。それにここは保育園の校外学習でよく来るんだ。見晴らしのいい丘で、走り回ってくれれば午後はよく寝てくれる。それに保育士も子供達が走り回っていてくれる間少しは休めるかな~なんて浅はかな事を考えたんだ、みんな。」

「浅はかな事?」

「だって、一休みできるかと思いきや、『先生、鬼ごっこしよう~』か『このお花、何て名前?』

だろ?それで覚えたんだ、花の名前。」

オスカルはちょっぴり不貞腐れるふりをしてみた。

「なんだ。私は園児レベル、ということだな。」

「冗談じゃない。こんな色っぽい園児がいたら、俺は倒錯的犯罪者になるぞ。もちろん職も失う。」

その言葉にオスカルは思わず吹き出してしまった。

 

 見晴らしのいい、大きな常緑樹の木の下に、二人は陣取った。丁寧に耳を切り落とした色鮮やかなサンドイッチやら、リンゴ兎は、はずむ会話の中で、少しずつなくなっていく。

 

 「それにしても、すごくクラシックなバスケットだね。オスカルが子供の頃から使ってるの?」アンドレは持ってきた籐のバスケットを見て言った。

 「うふふ。私のところは6人姉妹だろう?食べ物やお菓子だって用意する量はなかなかのものなんだ。だってそれぞれ好みが違うんだもの。おかげで実家にはバスケットがあと二つあるんだよ。」

「それはすごい。でもうらやましいな、俺は一人っ子だからな。」

「姉さまたちが年頃になると、『またピクニック~?どこかリゾート地のアウトレットに行って

帰りにお洒落なとこでお食事する方がいい。』なんて言い出してね。私は小さい頃体が弱くてあんまり遊びに行けなかったから、ピクニックはとても楽しみなイベントだったんだよね。」

アンドレは、色白で金髪の少女がベッドに臥せながらたまのお出かけを指折り数えて楽しみにしている姿を想像してちょっぴり切なくなってしまった。そんな彼の気持ちは露知らず、オスカルはサンドイッチを美味しそうに頬張り笑った。「私が結婚する時にね、バスケットを一つ貰っていくよ、って母に言ったら笑われたんだ。今はもっと軽くってたくさん入る便利なものがあるでしょ?って。でも私は、このバスケットをとっても気に入っていたんだよね。」

 

 アンドレはオレンジジュースをゴブレットにタポタぽと注ぐと、持ってきた紙袋からごそごそと何かを取り出した。「うわあ!」オスカルが目を輝かせたものは、当たりくじのついたガム、一口サイズのパイ、チョコレートに女の子の絵が描いてあるウエハース、キャンデイ。

「これ、学校の遠足のおやつの定番だったよね? 私の家では前の日に母がデパートで買ってきたお菓子を持たされていたから他の子が持ってきているお菓子がとても羨ましかった。時々仲のいい友達と交換したんだよね。懐かしいなあ。」

疲れたろ?とオスカルは横になるように言われ、アンドレが用意したケットをお腹にかぶせ

横になった。彼女はその姿勢でパイの包みをあけてパクりと口に放り込んだ。

「お行儀が悪いね。ごめん。」

「そんなことないよ。お腹の子供も一緒に横になってパイを食べてるんだから。」じゃあ俺も、と妻と向かい合わせに横になったアンドレは、当たりくじ付きのガムの包み紙をぺりぺりとあけてみた。

「やった・・・・・!もう一つ貰えるぞ。」小さな当たりくじを見て喜ぶアンドレに笑うオスカル。

「アハハ…!アンドレは本当にくじ運が強いんだね。」

「そりゃそうさ。お前に出会えたんだもの。俺は強運に恵まれてるだろ?」アンドレは妻のお腹を庇いながらそうっと彼女を抱きしめた。自分の正面に夫の顔が向けられ、オスカルは

照れくさくなって俯いた。

 

 しあわせな睡魔が、シーツの様に二人を包み込む。

 

しばらくしてオスカルが先に目覚めた。目を閉じているとわかる、彼の長い睫毛。

夫は安らかに寝息を立てている。笑うと少年のような彼の顔とはずいぶんと昔から知り合っているような気がしてならない。彼女は眠っているアンドレに語りかけた。

「アンドレ。今日はこんなに重たいバスケットを持たせてごめん。子供が生まれてからのピクニックはベピーカーに粉ミルク、オムツとタオルを持って、使い捨てのコップとサンドイッチをおっきなトートバッグに詰めて、になるだろうね。それはそれでとっても幸せだけど、二人だけの今だから大袈裟なくらいクラシカルで素敵なピクニックにしたかったんだ。」ウフフ、とオスカルが微笑む。

 

 その時、彼女の腰に回されていた腕にぎゅっと力が入る。

「な、なに?アンドレ、タヌキ寝入りか?」

「おお、人聞きの悪い。それよりオスカル、俺は子供が生まれてきたらとても楽しみにしていることがあるんだ。」

「?」オスカルは首をかしげた。妊娠を喜び、子供を抱くことを指折り数えているのはむしろ彼の方。今さら何を?

「それはね‥‥。」アンドレはオスカルの耳元に唇を寄せる。ぞくりとするくらい、蠱惑的な顔。

「シャンパンで乾杯できること。それと、お前の顔を見ながら、思うままお前を抱けること。」

 

オスカルの顔は、近くに咲いているカワラナデシコみたいにぽうっと赤くなった。

 

 

 

18世紀を意識した絵ですが、シチュエーションはこの話とピッタリなのでupしました。