灰と朱 | 作家 坂井あおのブログ

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小説・シナリオ(ドラマ、映画、CM)・写真詩集作家、坂井あおの日々浮かんでは記憶の海に消えゆく思いを気ままに綴るブログです。



蜷川幸雄さんと言えば、真っ赤な彼岸花を思い出す。

蜷川さんの舞台のオーディションは、セットを組んだ稽古場で行われた。
その時、私は大人と子供の合間にいて、未来はまだ定まっていなかった。

灰色の瓦屋根に無数の真っ赤な彼岸花が細い茎の上で凛と開いていた。
強烈な朱色だった。

その舞台に参加するために、私は高校卒業前後の時間を費やし、進学も就職もしなかった。
さらにその舞台を通して、演劇を辞め、小説家になることを決意した。

あの数か月は濃密な体験だった。
蜷川さんは世界の演出家でありながら、稽古中は本当にムカつくおじさんだった。
でも、ひとたび幕があけば、その世界観に魅了された。出演している1員であったというのに。

あの異様な空間。色彩。そして、不思議な流れ方に変わる時間。

とても印象に残っているのは、蜷川さんが非常に脚本家を大事に扱うことだった。
台本は絶対だった。セリフをアレンジすることを嫌い、そこに刻まれた言葉の中でその役者にしかできない芝居を求めた。

芝居が気に入らないと、舞台直前でもオーディションをすると言い出した。
でも、最後には役の人が奮起するのを信じていたのだと思う。まわりは振り回されたけど。


それから十何年後、わたしの知人が蜷川さんの立ち上げたシルバー劇団のメンバーとして舞台に立っていること知った。
新しいことにチャレンジし続けている。いつまでも尽きない情熱は、あの日の彼岸花の強烈な朱色を思い出させた。

好きだったかといわれると、正直、素直にはうなずけない。
でも、演出家としては、多くの人が賞賛したように、オリジナルの世界観を持った素晴らしい演出家だったと敬意を持っています。


80才。まだ舞台を演出し続けていた蜷川さん。
突然の訃報、残念でなりませんが、
蜷川幸雄さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。