呉下の凡愚の住処 -143ページ目

呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
詳細は「プロフィール情報を詳しくみる」をご覧ください。

明けましたね!!
今年は喪中のためおめでとうは控えますが、
今年も無事に中国で2017年を迎えられました。
たぶん来年の1月1日も中国で過ごしているでしょう……そうなるといいね!

新年らしい話は次回以降に回して、
記憶が薄れないうちに昨日の話を書いておきます。
昨日は午後を待たずに筋肉痛がきて、夜にはもう激痛でした。
やはり肉体は若くて健康ですね……週7日働いてるだけある。
今も上半身が痛くて仕方ないですが心地いい痛みです。
せめて腕立てだけはこれからの生活でも続けたい……太ることがなければ……

武漢に着いたらまずはホテル近くのフードコートで昼食にしました。
昼食って概念は斬新ですね、一人だったら絶対食べないからね。(笑)
私は排骨莲藕汤を飲みました! 武漢に来たらこれだね……

▲排骨莲藕汤。
斜視貼れる環境なので貼っときます

優しい味のスープなんですけど、激辛党の自分の口にもすごく合うんですよね。
ということは実際は大して優しい味付けじゃないのかもしれない。
でも決してスパイシー系の料理ではないです。お吸い物みたいな感じ……?
武漢で育った舌だから武漢の飯が一番うまく感じる。

食事のあとはいつもの亀山に墓掃除へ……


私、墓掃除のためだけに武漢に来いと言われても普通に行くと思いますし、
これからもこの墓に行くためだけに武漢で一時下車したりすると思います。
墓掃除ついでにいろいろ語りかけたあと、
(不審者すぎるのでバレないようにいつも周囲に気をつけている)
曹操とか孫策孫権の像を見て、趣の違う趙雲・周瑜の像も見ました。
たぶん趙雲と周瑜のほうが他の像たちより古いんじゃないかなと思いますが、
二体は特に名前も書かれてなくてちょっとかわいそうだった。
おじさん2人組が、結局何の像か分からない様子のまま去って行ったし……

黄鶴楼に行けるほどの時間はなかったけど、忘年会の時間まで暇すぎたので
せっかくだから前回行き方をマスターした禰衡の墓へ行きました。


禰衡墓も亀山にあるのは間違いないんですけど、
亀山の入り口から入ったところでたどり着けないし、地図にも載ってないし、
これを“亀山にある”と表現するとある意味語弊が生じると思います。
まあ近所の人に聞けば知ってる人は多いと思うけど……
無料で見られるししっかりした作りのお墓なので、嫌いじゃないです。


その後は日本語交流会の忘年会に行って2時過ぎまで飲んで一日終了!
会場に着いたらみんなで紅白見てました……日本時間で年越ししてしまった(笑)
忘年会楽しかったです。
みなさんの日本語力と日本への情熱がハイレベルすぎたので、
自分はただ日本語が話せるだけであって日本人ではないのでは……と思った……
日本地図も都道府県も歌手も芸能人も何もかも知らない……
中国の省と自治区は場所も名前も全部分かるのに……

やっぱりお酒の席っていいものですね。
もっと中国人の飲み友達ができるように中国語を勉強したいなあ……
まあ中国語と仕事では仕事を取ることを選んだので
特に新しい学習をしたりはできませんが、向上心までは捨てないでいたい。

いわゆる隙間時間は仕事をしてるので勉強できなくても仕方ないですね。
仕事と仕事の隙間時間に仕事してるんですよ。
夢の中でも仕事してるから、
日本にいて仕事をしないことが許されるのはシャワーと化粧の時間ぐらいです。
私にとっては日常ですけど、文字にしてみると凄まじい生活ですよね。
人に話してもあまり信じてもらえないもんね。(笑)
でも事実ちゃんと働いてるから脳の正常な働きも失われてるんですよ。
名誉の傷にしてはでかい傷になりそうです、それでも働きたいからいいけどね。

結局仕事の話になってしまった。
本当に常に仕事をしてるから息の抜き方が分かりません(笑)
でも……いい人生だ。
不労所得を得られるようになって引退するまではがんばるぞ。