帰国してしまうとなかなかこんな機会もないかもしれないので、
今のうちにいろいろと書いておきます。
あまり人が読んで気持ちよい話ではないです。
昨年・2016年は自分の人生についてよく考えさせられる一年でした。
亡くなった親族の死因が脳出血であり、誰も死の際に言葉を交わせなかったこと、
私自身も去年のうちに二回、前兆なく倒れたことにより、
「人間はいつ死ぬか分からない」
「自分が死ぬということを知らずに死ぬのかもしれない」
ということを特によく考えました。
突然倒れてしまうことから、自分の限界を超えて働いていることは明らかであり、
私は趣味も多いのだから、
仕事を減らして趣味に没頭するのもいいのではないか……?
とも何度か真剣に考えました。
おそらく同年代の大半の人間はそちらを選ぶのでしょうね。
しかし、私はもはや雇われの身ではないし、自分の意思で、
富を築きたいという明確な目標を持って働いています。
また、自分が最も恐れているのが貧困に喘ぐ生活である・
それは死よりも恐ろしいものだということを
年末最後の一週間で気付くことができました。
これにより、自分が大事にしていきたいのは自分の体ではなく、
現在の社会的立場であることが分かりました。
幼少期のトラウマというのは大人になってからも現れるそうです。
私は自分の幼少期を、貧しく他人を羨んでばかりの人間だったと記憶していて、
楽しかったことはあったのでしょうが、楽しかった記憶はありません。
いま私が仕事をがんばるのは、幼少期の自分を少しでも満たしてやるため、
そしてもう二度とあんな思いをして生きたくないと思っているからです。
こうして言葉にすると冷淡な感じはしますが、
自分がどのような思考を持って働いているのか、またなぜ迷うのか、
ここまではっきり自覚できるまでは一年間かかりました。
ずっとモヤモヤしていたのですが、やっと結論が出せました。
まあMRIの結果によってはまた話も変わってくるのかもしれませんが、
突然辞職しろと言い渡されるような展開にはならないはずです。
そして私は今の地位と立場をとても気に入っています。
ずっと他人を羨み、以前は偏見を持たれることも多かったので、
とにかく社会的に上に行きたい、人に勝っていたいという気持ちがすごく強く、
こうして仕事で成果を出せているということは何よりも自分を満たしてくれます。
無理にそう思おうとしてるのではなく、これだけ大変な仕事をできること・
結果も出せて収入にも繋がっていることは自分にとっては完全に誇りです。
だから自分自身に使える時間がないことを残念に思う気持ちは“ちょっと”です。
確かにちょっと残念です。
でも得られるものの大きさと安心感のほうがずっと強い。
こうして思いきり仕事に専念し、過労で倒れて終わってもいいと思えたのは
かつて武漢で暮らした5ヶ月間があったからです。
当時の私は働かない生活に耐えられず5ヶ月で帰ってしまったけれど、
「人生に一度でいいから湖北省に住んだ思い出がほしい」
と思って仕事を辞めて本当によかった。
へたくそだけど、中国人に中国人と思ってもらえるレベルの中国語も
話せるようになりました。
ここで死んでも悔いがないというのは語弊があるけど、
まあ、苦境にあっても好きなものに出会い、やりたいことも多く、友人もいる。
中学出てからずっと思うままに生きてきました。いい人生です。
仕事を引退してからやりたいことはたくさんあります。
また自由に時間を使えるようになったら、李白のように、
旅行して酒飲んで各地でブログを書き残す人生を送っていきたいです。
そのとき、あの頃はこんな決意をしていたのだな……
と、笑ってこの記事を読み返せればよいです。
今回は帰国したその日に会社に行きます。
これまでと変わらぬ毎日がまた始まります。
でも、気持ちは新たに……がんばるぞ!