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呉下の凡愚の住処

春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
詳細は「プロフィール情報を詳しくみる」をご覧ください。

原題:魯公魚

これはネットを見ていたときに発見した話です。
こちらの曾慶偉さんのブログに載っていたものです。

留有余地--曾庆伟的博客
http://blog.sina.com.cn/zqw1958

第371篇 鲁公鱼_留有余地--曾庆伟_新浪博客
http://blog.sina.com.cn/s/blog_709f9b580102v79d.html

もとは中国語だったのを私が訳し、
それをたぬきママさんに清書していただきました。
また近々お願いします!

↓たぬきママさんの作品集はこちらです
「tanuki」のプロフィール [pixiv]
http://www.pixiv.net/member.php?id=6421316


***


赤壁地方にこんな話が伝わっている。
後に献帝と諡される帝の治世――建安15年(西暦210年)、
東呉の名将・周瑜が病死し、その遺言によって魯粛が兵権を握ることになった。
魯粛は主君孫権に奮武校尉に任命され、周瑜の部隊を受け継いで江陵に駐屯し、
やがて陸口に移った(現在の赤壁一帯である)。

魯粛は周瑜の遺志を継いで一朝事ある時に備え、日夜兵士を訓練し、
一日も休むことがなかった。
当然、兵士は連日の厳しい訓練で疲労も大きかった。
魯粛は民を慈しむ人だったから、
兵士達の食事をできる限りいいものにしようとした。

ちなみに赤壁には湖沼が多く、湖では武昌魚と呼ばれる魚がよく取れた。
魯粛は軍の料理人に命じてこれを捕らえさせ、
武昌魚をどのように調理すれば兵士の栄養を満たせるかを考えさせたのである。
新鮮な武昌魚は、煮る・焼く・蒸すなどの伝統的な方法で食べることができ、
兵士たちにたいへん人気が出た。

しかし残念ながら、2000年前の時代において、
人類が食材を新鮮に保つための手段はきわめて限られていたのである。
武昌魚は水から出せば数日のうちに死んでしまうし、
死んだ魚――特に死後長い時間が経ってしまったもの――は、
料理人が再度煮る・焼く・蒸すなど調理法を工夫しても
さほどおいしくはならなかった。

やがて兵士たちも武昌魚に飽きて食べ残すようになり、
余った魚は捨てられてしまうことになってしまう。

魯粛は料理人を呼んで原因を聞き、対処法を下問したが、
「死んだ武昌魚をおいしく食べる方法はどうしてもないのです」
と料理人は言うばかり。

さて魯粛は糸のように細心な心遣いのできる、たいそう賢明な人だった。
多忙な職務の傍らで自ら様々思案した末に、
故郷の安徽省臨淮郡東城県(現在の安徽省定遠県)では
冬季に魚を塩漬けにする文化があることを思い出した。

そこで料理人に、臨淮での魚の塩漬け法を丁寧に伝える事にしたのだ。
それは武昌魚がまだ生きているうちに腹を裂いて内臓を取り除き、
エラと鱗はそのままにして、塩をまぶし、
甕に入れて二,三日放置するというものだった。
そうして取り出した魚を屋内の風通しのよいところで陰干しにすると、
日数にさほどこだわらずいつでも使えるようになる。

料理人は試しに陰干しにした武昌魚をぶつ切りにして、
鍋に油を入れて揚げてみた。
彼はこんがりと黄色く色付いた魚をすくって、大皿に盛り兵士たちに振舞った。

サクサクとした“塩漬け武昌魚の揚げ物”が机に並べられると、
最初は胡散臭く見ていた兵士達も、
実際食してみれば思いがけない食感と風味が醸されて大いに喜んだ。
もちろん兵士からは大人気で、
肉も鱗もたちまち余すことなく食べ尽くされたのだった。

兵士達は、新しい料理の美味しさを喜んで口々に料理人に尋ねた。
「どちらの大先生がこんな神業を伝えてくれたんだ?」
「あの武昌魚が、こんなにおいしく食べられるようになるなんて!」

料理人は、大威張りで答えて言った。
「俺だと言いたいところだがな、我らが魯都督が作り方を教えてくださったのだ。
 そうだな……都督に感謝を込めて、この料理は“魯公魚”と呼ぼう……」


“魯公魚”――いわゆる“酥鱗武昌魚”の作り方は時が経つにつれ、
やがて東呉の軍中から赤壁の民間に伝わった。
この料理はその後も長く愛され、また後世の人間の研究と改良を加えられて、
“酥鱗武昌魚”は著名な湖北の名物料理となって現在にも伝わる。


***


で、最初に載せたブログの民間伝承以外の話は↓です。
武昌魚に興味を持っていただけたらご覧ください。
『酥鱗武昌魚』の話
http://ameblo.jp/ancyon/entry-12245696468.html

上の記事にも載ってますが酥鱗武昌魚というのは

酥鱗武昌魚

これです。
確かにサクサクしてておいしそう。
それにしても、魯子敬様の人気は本当に絶大ですね。
武昌魚の調理法にまで関連づけられるとはね……(笑)
武昌魚は湖北省ゆかりの魚なので本当にうれしいです。
意外だけどめちゃくちゃうれしい接点!

みなさんも武漢にお越しの際は召し上がってみてください。
武漢に来てくださいね!!(笑)

この話の
 鲁肃是个心细如丝的人,想起家乡安徽临淮东城(今安徽定远)冬季有腌鱼的习俗。
「魯粛は糸のように細心で、故郷の文化を思い出していた」
っていうところが非常に好きです。「だよね~~~~」って思う。