残念な学習方法 | 呉下の凡愚の住処

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春秋戦国の楚国、三国志の孫呉にすべてを捧げて生きています。
現在はあまり更新していませんが、
何も持っていなかった過去の自分が想定読者でした。
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今日は0時からかれこれ5時間、中国語の文法学習をしてました。
間違えた問題の直しがほとんどです……
なんであんなに間違えるんでしょうね。理解できてないからですね。はい。

私の学習方法は“ひたすら読んで書く”、それだけです。
なぜ一度の学習にそんなに時間がかかるのかというと、
ひたすら書いてるからです。無駄な時間だということは重々承知しています。

この文は後から読み返して「こんな頃もあったな(笑)」と笑うための奮闘記です。
未来の自分や、今の自分と同じような境遇の方に向けて書いてます。
はっきり言って頭の悪い文章です。
でも「頭が悪い人は勉強しちゃいけない」
なんて決まりはないはずなのでお許しください。


今から2ヶ月くらい前、「文法の勉強がしたい」と思い立ち、
まずはネットで“効率的な勉強法”をたくさん探しました。
「ノートを作ることには何の意味もない」
「筆記はアホがすること」
「書く時間があるなら一冊でも多くの本を読め」
などなど、とにかく“書く行為の無駄さ”を突きつけられました。
一度は 参考書をたくさん読む作戦 を実行しようかなとも思いました。
が、過去の経験からしてそれでは絶対に覚えられないと悟りました。

私ってこの世で稀に見る“読んだだけで覚えられない人間”なんですよね……
「何で書くの!? 書いてる時間があったら別の本読んだほうがいいよ!」
と実際に言われたこともあります……
が! 読んだだけで覚えられないから書いてるんですよ!!

自分の記憶力がいかに悪いかということをわざわざ説明しなくてはならないのは
とてつもなくみっともなくて悲しいことなんですけど
(記憶力が悪い奴の気持ちはある程度の記憶力がある人には絶対に分からない)、
読んだだけでは本当に覚えられないんです。音読してもまったく意味ないです。
確かに読んでいるのに記憶として定着しません。

「いやいや、普通読めば覚えられるでしょ……」
と思われる方も多いのではないかと思います。
(ネット上でも「読んで覚えられないなら勉強しても無駄だ、諦めろ」
 という意見が多かった)
でも世の中には何度同じ文を読んでも覚えられない人(我)が確かにいるんです。
これはもう、記憶力が悪いからとしか申し開きのしようがありません。
自分は何でこんなに記憶力が悪いんだ! と悲しんだことが何度もありますが、
生まれ持った記憶力の悪さを嘆き悲しんで時間を過ごすよりも
“書いたほうが少しはマシ”と分かっているのだから、書いたほうがいいんです。

そりゃーいくら私とは言え、同じ本を1000回読めば
さすがに覚えられるかもしれません。
でも1000回読むのは現実的じゃないですよね。本を読むのだって遅いし。
だったら書いたほうがいいんです。
悲しいことですが記憶力には絶対に個人差があると思います。
お金と時間があれば「自己啓発セミナーで記憶力を開花させる」
という方法がとれるかと思いますが、私にはお金も時間もありません。
ていうかそこにお金をかけるくらいなら
(自己啓発セミナーのほうがはるかに有意義だったとしても)語学教室に通います。

ノートに書き込んでいる時間は、
普通の人からすれば限りなく無意味かもしれません。
それでも0.001くらいは意味のある時間です。
0.001だって毎日続ければいつか1になります。
自分の記憶力の悪さがほんとに悔しいですが、
こうやって学習するしかないんです。
「書くことは無意味」だってどんなに言われても
それでも自分に合った方法でがむしゃらにやるしかないんです。

以前「本を読むのが遅い」という理由で何年も悩んだことがあるのですが、
これも思えば記憶力や暗記力の問題だったのかもしれません。
速読の練習を何度もしましたが、
「その瞬間に見たこと」がぜんぜん頭に入らなくて結局やめたんです。
自分に合わない速読をするより、自分のペースで音読したほうが頭に入るなと……
もう根本的に記憶力が悪かったんですね(笑)


というわけで凡人どころかまさに凡愚なのですが、なんとか学習しています。
少しずつですが文法のルールも覚えてきました。
はじめのころは作文問題を全問間違えていましたが(……)、
最近では一文字の間違いもなく正解できる問題が出てきたり
間違っていたとしても文中の一箇所だけだったりと
亀の歩みで前進してきています。

そりゃもちろん亀の歩みよりもチーター並みの速さで上達したいです。
でも毎日やってて亀なんだから、正直どうしようもありません。
しかし一日でもサボれば亀ですらなくなります。
一日の停滞は「ゼロ」ではありません。マイナスです。衰退を意味します。
特に記憶力が残念な私は一日停滞するとすべてが終了します。

できたかできなかったか、は後からでないとどうしても分からないものです。
ならばやるしかありません。どんな方法でもやるしかないんです。
立ち止まってる暇はないんです!

出来の悪い自分が大大大大大嫌いになりながらも
学習自体はまったく嫌にならないのが何よりの救いです。
中国語はとても楽しいです。これからもがんばります。