『三国志学会 第五回大会』に行ってきた | 呉下の凡愚の住処

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昨日は『三国志学会 第五回大会』に行ってまいりましたー!
場所は二松学舎大学の九段キャンパス3号館でした。


三国志学会:http://www.daito.ac.jp/sangoku/
三国志学会 第五回大会:http://www.daito.ac.jp/sangoku/taikai05.html


……とリンクを張ったうえで、
今回の内容を以下にご紹介させていただきます。


「蜀漢の南中政策と「西南シルクロード」」
「結びつけられる三国志と太平記―近世初期の学問・思想の一齣として」
「毛宗崗本『三国志演義』における養子の表現」
「劉楨―「文学」の「感」」
「人物評価における「清」字」


と、私の普段からの妄想内容(孫呉、江南・江東史、怪奇説話集)に
直接関係のある分野のものはなかったんですが、
だからこそ固くならずに拝聴できました。楽しかったです!



特に興味深かったのは『太平記』のお話。
私はこれまで『太平記』を読んだことがまったくない人間です。(……)
三国志や中国史とも密接な関係があるようでしたが(そこが今回の発表)、
もうそこをすっ飛ばして『太平記』の綺麗な文章にすごく心惹かれました。
風流で赴き深い文章。流れるような……とでも言いますか、
漢字と平仮名の織り成す文章の綾。漢字と仮名の生み出した奇跡ですね。
表現力向上のためにも読んでみたいな~。


と言いつつなかなか読まないんですよコイツは……
しかしそんな素敵な文章の存在を知られただけでも大きな収穫になりましたよ。
生きているうちに絶対読むぞ! 何ごともスケールはでかくなくては!(……)



それから『三国志演義』(以下『演義』)の養子のお話。
そもそも『演義』が書として成立したのは元の末期および明の初めごろで、
当時の時代の世俗や文化、思想というのが大いに反映されている作品……
ですよね? そういう認識が一般的だと思ってますが大丈夫ですよね?(おい)


『演義』が三国時代を扱った物語云々ということよりも
成立時代である明の時代、それそのものに今すごく興味があるので
「明清時代の“養子”のありかた」というお話が本当に興味深かったです。


※こうやって書き表すと複雑な話に思えてくるのですが、
『演義』と一口に言っても
 明の嘉靖年間に成立した“嘉靖本”、
 明の末期に李卓吾がまとめた“李卓吾本”、
 清の康煕年間に毛宗崗が加筆修正を加えてまとめた“毛本”
などなどイロイロ種類があるんですよね。
そして結果としてひろく読まれているのは“毛本”(自分はこれしか分からない)。


なのでいちばん最初の成立は元末明初だけど、
明清時代の世俗や文化や思想というのも『演義』から伝わってくるよ、
と、そういう話になるんですね。たぶん。(←鵜呑みにしないでねという警告句)


発表自体はこんな↑基本はご存知でしょうが、という感じで始まってます。

(確かレジュメでは触れられていた気がしますが……記憶があやふや)
なので発表内容転載ではないです。 ←被害妄想ゆえに予防線を張る奴



「清」というひとつの字に着目した研究もおもしろかったです。
今、白川静先生の『字統』にはまっているので、
こういう「漢字」を視点にしたものの考えかたっていいなあ、と。
(白川先生の研究は甲骨文字や金文が主なので
 三国時代と直接の関係はないんですが……)



***



『三国志研究』(三国志学会の機関紙。俗的な言い方をすると会報というやつか)
も早く読みたいな~。
最近は三国志関係の考察から遠ざかっているので論文は久々です……
疲れないようにゆっくりゆっくり読もうとおもいます(笑)


ご一緒してくださった方々ありがとうございました!
とても楽しかったです! 堅苦しくない中国史話って本当にいいですなあ。
ちくま学芸文庫『三国志』の魯粛伝は名訳だとおもいます(笑) ←宣伝