中国史における「三国時代」研究の難 | 呉下の凡愚の住処

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昨日から『春秋左氏伝』(以下『左伝』)二周目に入ってます(ゲームか)。


『左伝』には『詩経』が多く引用されます。
詩の名しか出てこないことも多く、
どうしてその詩が引用されたのか分からない場面もしばしば……


ここで汲古書院の『詩経全釈』の出番です!
春秋友の会で紹介していただいたすんばらしすぎる本です!!!


汲古書院さんの『詩経全釈』(リンク張ってます)とは、

『詩経』305篇の原文、読み下し文、注、訳文、付説が

セットになっているという神がかった本です! どれだけ太っ腹なんだ……
もうね、これ届いた日からずっと枕元に置いて寝てます。
貴すぎてこれまで読んでませんでした(……)



『左伝』二周目を読むにあたって『詩経全釈』の緒言を読んでいました。
※『詩経』の伝わりかたについての概略はWikipediaをご覧ください。
 詩経の頁にリンク張ってあります↑


そこで今回の本題です。


『詩経』について、

後漢末までは毛氏(毛詩)以外の伝えた『詩経』も伝わっていた。
が、三国時代には(“三家詩”のうちの)斉詩は伝わらなくなった。
つづいて西晋時代には魯詩も伝わらず、唐末には韓詩も伝わらなくなった。

……ということらしいのです。

何がなんやらだとおもいますが騙されたと思ってWikipediaを(略)


↑本文抜粋は私的利用であっても許しません、とのことでしたので

わたくしめの分かりづらい説明で失礼します……

汲古書院さん、リンクは原則自由とのこと。

こういう点はちゃんと確認しないとですよね。


なので「三国時代における『詩経』研究」をしたいと思ったら
魯詩や韓詩の存在も頭に入れておかないといけない
、ということでしょう。
さらに「亡んだと言っても知識人層は斉詩も知っていただろうから……」
と考えていくと、どれだけ遡ればいいのか分かりません。


私にはそんなことできません!!! (……)
詩を聞いただけで「この優雅な調べはどこそこの国の詩ですね♪」
とか端から言い当てた超延陵人(超サイヤ人風)・季札じゃないんだから……(笑)


「三国時代における○○研究」っていうのはすごく大変だと思う、ってことです。


『詩経』ひとつとってもこれですから、とにかく研究の難しい時代だと思います。
そもそも『三国志』以外の史料を揃えるところからして本当に難しい。
ある所にはあっても、私のような一般人が手軽に

収集できるかと言うと……やはり大学図書館をあたったりする必要がある。
なので私なら絶対やりたくありません!(おい)


「それでも三国志を選ぶ!!!」
という伝説の勇者が日本にはたくさんおられますよね……
今週末(もう明日か)の三国志学会では
そんな難題に果敢に挑む方々の発表を聞くことができるんですよね。
発表者さまがたの情報源が、個人的にすごく気になるところです……


何時代のどんな資料を引用してくださるのか!!
さらにそこから、どんな理論が展開されるのか!!
楽しみで仕方ないです! 久々のまじめ三国志……!