黄蓋と薪拾い | 呉下の凡愚の住処

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マジでどうでもいい小ネタです。


二宮金次郎さんっていらっしゃるじゃないですか。
薪を拾って売ったお金を勉学の足しにしていたというお方。


そんなエピソードから、薪拾いして勉強=二宮さん
のイメージが世間的には強いとおもわれますが、私は!


私は黄蓋殿を推します。黄公覆殿を。


この一文を見ていただきたい。
呉書黄蓋伝の注に引く『呉書』より


> 蓋少孤,嬰丁凶難,辛苦備嘗,然有壯志,雖處貧賤,不自同於凡庸,常以負薪餘閒,學書疏,講兵事。


(書き下せなかったのでうさんくさい意味)
黄蓋は若くして親を亡くし、幼いころから困難に遭い辛苦を嘗めたが、
壮んな志を持ち、貧賤にあっても、自らを凡庸な者と同じくせず、
常に薪を背負い、ひまがあれば上奏文の書きかたを学び、兵事を研究した。


疏って箇条書きにした上奏文のことらしいですよ。知らなかったよ。
ネットを見ると疏=手紙って訳すのが一般的ぽいのですが、
後ろの文に“兵事”ってあるので対応させるためにも
“上奏文”にしたんですかね。 <ちくまの訳



そう、そうなんですよ、薪を背負う=薪拾いのバイト ですよ!
バイトって表現はともかく、
『史記』とか見てても貧乏な人はみんな薪拾いをしているイメージ。
(『後漢書』班固伝の注にも負薪,賤人也。て書いてあった)


でもそのお金で勉強してたって書いてある人は黄蓋殿しかいないような!
『三国志』および『後漢書』の中では黄蓋殿しかいないような!
(それ以外の書はチェックするのが面倒で……
 他にもこんな人はたくさんいるのではないかと)
私にとって薪拾い+勉強と言えば黄蓋殿なんですよ!(……)
二宮金次郎について見聞きしたときに私の頭に浮かぶのは何故か黄蓋。



それにしても黄蓋殿ってすさまじい生涯を送ってますよね。
前述のように幼いころから困難に遭ってて、
貧しくても頑張って働きながら勉強がんばって、
体張って曹操に降伏するふりして、流れ矢に当たって長江に落ちて
一般兵によって拾われるもののトイレに放置されるって……


赤壁の戦いの後もご存命だったようですが、
なんかこう、苦労の耐えない人生ですね……
黄蓋殿に比べると自分は何て浮かれておるんじゃ……
貧賤の身にありながらがんばった人の話はほんとに身に沁みます。


そんなわけで、二宮金次郎を見かけたら
黄蓋殿のことを思い出してあげてほしいです。
私は二宮金次郎像が学校に建っているのを実際に見たことないですが^^;



ほんとにただの小ネタだったのになんでこんな。