※あくまで三国志の記述を信じるとして、って文です。
※そんな細かい記述があるはずないだろ! っていうツッコミはご遠慮ください
魯粛さんには跡継ぎがなかったらしい。
息子はいるけど「遺腹の子」とあるので、魯粛の死後に生まれた子なんでしょう。
ちなみに淑という名で、鳳凰三(274)年まで生きたらしい。
父より10年以上長生きです。関係ないけど鳳凰三は陸抗が死んだ年でもある。
ってことを前提に……
魯粛さんの子は女の子ばっかりで、
娘に囲まれて暮らしてたのかなー、とか今まで妄想してたんですけど。
でも魯粛さんほどの地位の人の娘なら、
名のある人の息子に嫁いでもおかしくない。と最近気付いた。
周瑜の娘が孫登の后になったように――。
って周瑜と魯粛を一緒にするなよって話ですがとりあえず置いといて(笑)
でも「○○の妻は魯粛の娘で云々」とか、そんな記述はどこにもないわけで。
魯粛さんの子供たちはことごとく早世だったのでしょうか?
それはそれで悲しい……あんなヤクザっぷりを発揮しておいて、
子供はみんな自分より先に死んでいってしまっていた、
とかいう悲しすぎる裏話があったら私……魯粛さんを放っておけない……
それとも子供は最初から遺腹の子・淑(親子ともろしゅくですね、笑)
しかいません、とかだったらどうしよう。
どうしようって、どうもしないのですが、
なんかなんかそんな子宝に恵まれない魯粛さんって……かわいそう(泣)
だって、あの時代じゃないですか。
言い方が悪いけど、妻なんて娶り放題じゃないですか。
妻でなくてもいいわけですし。ほんとに言い方が悪いけど。
それなのに死ぬ直前まで孕ませられなかった魯粛さんって……
ってほんとうにひどい。自分が。
娘が数人いたと仮定して、その方たちはみんな
蜀とか魏の人物の嫁になっていた、と考えるほうが自然かも。
しかし魯粛の娘と結婚って逆玉(の輿)ですなー。笑
魯粛さんの子供って……ってよく妄想するネタなので投下しておきます。