ラスピに、はまりにはまっている。

BMSGのオーディションを始めてリアタイできてるってこともあるんだけど、何よりあの十代の子たちのリスクを考えず迷いなく進める強さよ!

 

アーティストになりたいなんて、だいぶリスクの高い勝負なわけじゃない。

 

オーディションに通ってデビューにこぎつけるだけでも天文学的な確率なのに、それがうまくいくとは限らないというか、一度失敗した子もいたりする中でさ、どうして迷いなくアーティストになりたいって言えて、一直線にそれに向かっていくことができるの!?

音楽だけやっててもそれで生きていける可能性低いしとか、

ちゃんと勉強して進学するほうが確実に安定した人生送れるしとかそんなこと考えないで進めるわけ!?

ていうかそもそもアーティストになりたいって公言すること自体恥ずかしいって思うお年頃なんじゃないの!?

どんだけ覚悟決めてんのこの子たち!???

 

ていうか親!!よっぽど子供の才能や決断を信用していないと送り出せなくないか!?十代よ彼ら!?

 

そんでしっかり向き合うじゃない、音楽にさ(ちょっと幼すぎる印象の子もいるけども。ただしっかり淘汰されてるな)

十代のころにこんな歌詞もメロディーも考えつかなかったわよってレベルのものを作るのよ、そんで。

いままでどんだけ音楽してきたのよこの子らって。そこでも思うわけですよ。好きなものがありつつも娯楽としてしか享受してこなくて、それを極めるより確実性の高い将来を手に入れることを選んだ身としては。いやできないよ普通!!

たぶんそこまで覚悟する実感してなくて参加している子もいたような気がしたけど、それをしっかり見極めてふるいにかけるSKY-HIの審美眼たるや!!!

同じ学年でもしっかりそこでフィルタリングして、若くても通過させたりしてるからね。

 

 

もう彼らを埋めるお年頃の私さえも突き動かされますよ彼らの姿には。

思わされましたよ、とりま今の自分が向き合わなきゃいけないことは何なのかと。

家庭的な部分は言うまでもないんだが(もう少しちゃんと家管理しようね)、仕事面でもうちょっとプロ意識ないといかんな、的な。

 

今の自分が彼らみたいに一心に磨きたいものは何かと自問した時にやっぱり教科指導力が出てくるわけですよ。なにせ教養がない。

これと今の自分の立場を両立させることってできるのかなと、例えば自ら歌手活動をしながらグループをプロデュースしているSKY-HIみたいなさ(好きすぎw)

彼は若いころ現役歌手だったことに加えてたぶんラッパーとしても相当いろいろな音楽を聴いてきているし、自分で作曲もしたし作詞ももちろんしてきたし、それらの蓄積があって今歌手としての活動とプロデューサーとしての活動の両立ができていると思うんだ。

彼にとっていろいろな音楽を聴いたり活動をしてきたことが私にとってはいろいろな本を読んで教養を深めることや色々な大学の問題を解くことであり、

プレイヤーとプロデューサーの両立というのは、いわば今の仕事でいえば一教科担当と主任の両立にあたると思うわけよな。SKY-HI大好きなので無理やり自分の立場との共通点を見出したくて仕方ないわけだけど。

 

現状その主任という立場がしかも二つのしかかっているわけよな。

どちらもやりがいがあって好きな仕事だけど、それはプレイヤーとしてのスキルと、その平のプレイヤーだった時代に蓄積されたものがあってはじめて回せるものであり(特に科の主任業務については関わるところ大だわな)。

そのプレイヤー時代の蓄積が足りないんだよなあ、やっぱり。

いや昔に比べたら作問スキルも上がった自覚があるし、自信もって仕事できる範囲が増えたように思えるけど、かといって集団を説得力もってプロデュースできるほどの語彙力があるわけではなく。

 

いっかい平のプレイヤーに戻って自信をつけるための蓄積にはげむというか、科のプロフェッショナルになりたいという思いが強いのだが、じゃあ平に戻ったら研鑽を積みますか?と聞かれるとはい!とも答えきれない怠け気質w

 

ある意味主任としても自分にしかできない仕事の仕方はあるよなあとも思っている。が、しかしだ!この自負から解き放たれて好きな事思い切りしたい思いもある!しかしいちばん若くて元気なうちに経験も積んでみたい!!

うーーん新年度も同じ立場に拘るか否かというところ、ここにきて迷いが生じてきたの巻。

プロデューサーとプレイヤーの両立、できるのかなあ。。。

ラスピの子たちみたいにまっすぐ突入しようかしら。いやでもSKY-HIにもなりたい!

「……けれど日々を甘く詩的にするのは恋だけじゃない。音楽、本、アート、映画、旅、自分を飾ること、自分を大切にすること。それらすべてが日々を甘く詩的にする。……」

 

何ならこれは主人公(の一人)が結局、これじゃやっぱりだめだったんだってフリみたいになる一節なんだけど、私の色気心をくすぐるにはまあ十分で!!

本当にここのところ目の前の仕事と写真のことばっかり考えていたなと、しっかり周りを見てみれば自分の日常を甘くしてくれるものにもっと囲まれているじゃないのと、風邪ひきはじめの頭でそう考えた。

 

そして、いよいよ発熱(微熱)して頭だけが元気な状態でスマホで色々な情報を見漁った結果、

久しぶりに「意識高い系☆身の回りのことちゃんとやろうおばさん」が爆誕しましたよ。

 

夏休みが始まるし、もっと子供(特に娘)の受験のことを見ていこう!

目前の授業準備としてだけでなく、純粋に本を読もう!

自分にしか撮れない写真を追求していこう!

 

ややもすると仕事とか特定のトピックのことばかり考えてしまいがちだけど、それだけだと自分がゴリラ化しゆく一方なので(まあそれも理想像の一つではあるのだが)、しっかり日々を甘く詩的にしてゆきますぞ。

先週とんでもないことが起きた。

4月からちょっと仕事しにくくなったと感じつつも自分なりに向き合ってきたつもりだったんだけど、立派に裏切られましたわ!


いやー、人間性は合わないと思ってたけど仕事はちゃんと当事者意識持ってくれるしそこは信用できるかなって思ってたのに、ここまで決定的に人間アウトなことをされると仕事するうえでの信用もなくなったよね一気に。


結局向き合えているつもりで私の勘違いだったんだなーって純粋に悲しいのもあるんだけど、何よりいい大人がする事じゃなさすぎて情けない。

あんな人らと3月まで仕事しなきゃなの!?っていう気持ちが強いわ。


あまりにも自分に非がなさすぎて、こんなしょーもない人間相手に凹んでる自分も嫌だし、他の人を巻き込むのも申し訳ないくらいひどい話だと思うし、なによりいちいちぐちぐちしてあんなことする人らと同レベルだと思われるのも嫌だから、ここで吐き出しておきたいんよね。


自分に非がないのだから、仕事に悪影響でないようにしれーっと日常に戻らないと足元を掬われそうなので今日からしれーっと戻ろうと思うわ!

単身赴任時代にもあの界隈に追い詰められたことがあったけどなんとか乗り越えてきたんだし、客観的に頭おかしい奴らに追い詰められる筋合いなんてないもんねー。

仕事関係で知った、福永武彦の本。

気になるきっかけになった作品はまた別なのだけど、これが圧倒的に面白い、と同僚の先生に紹介されたので読んでみることに。

 

おもしろそうなんだけど、BLあるよ、と言われて一瞬テンションが下がったわたくし。

相変わらず小説とかドラマとかそういうのを嗜むときには共感をひとつの大きな軸としている身(恋愛ものなんかは特にね!)からすると、BLなんぞ共感しようがないじゃないと思ってはいたのよ。

だからかつて面白いな、と思ったことのあった三浦しをん作品についても心惹かれなくなっていったわけで。

でも、やっぱりきっかけになった本がものすごく面白かったから、BLだとてやっぱり面白いところもあるんじゃない?と借りてみることにした。

 

まだ第一の手紙までしか読んでいないけれど、うん、やっぱり名作に書かれる愛は普遍的じゃないか!!というのが率直な感想。

ぜんぜん共感できるようん、むしろ普通の小説より恋愛の本質をついてる感があって、そうそう、恋愛ってそうだったと自分の経験に意味づけをしてくれる感覚がある。

この感覚なんだよ、最近の私が求めていたのはー。

 

 

「僕等のように芸術家でない人間にとって、人生は彼が生きたその一日一日と共に終って行くのだ。未来というものはない、死があるばかりだ、死は一切の終わりだ。現在というものはない、……そう、多くの場合に現在さえもないのだ。そこには過去があるばかりだ。それは勿論本当の生きかたじゃあるまい、今日の日を生きなくて何を生きると言うのだ。しかし人間は多く、過去によって生きている、過去が、その人間を決定してしまっているのだ。生きるのではなく、生きたのだ、死は単なるしるしにすぎない。」

 

「そうかもしれません。しかし汐見さんが本当に苦しんでいるかどうか、表面以外にどうして分かるんです?僕なんか何の価値もない人間なのに、汐見さんにはもっと別のように僕が見えるんでしょう。僕たちはそうした、表面だけの、眼に見えるものの中に住んでいるんです。そこからは抜け出せないんです。」

 

 

恋愛がらみでなくても考えさせられる言葉の多い本である。

この後に第二の手紙の賞もを待っているので楽しみだ。