5/5 『追悼水木しげる ゲゲゲの人生展』見に行ってきた。 | ちょっとその辺行ってくる!

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興味の沸いたものを見に行ってはちょっと書いてます。

中の人のネット環境が絶賛崩壊中なので更新は不定期。
即時の反応は出来ません。

 ちょっと4日の話でも。


母が「北海道展に行く」と言ってたんで
「セイコーマートのクロワッサン買ってきて!」と懇願し、
アニソンポッド聴きながらゴゴスマで上げ馬神事中継でもと
ゆったりしてたところにツレが来たんで半分切れ気味にお出かけ。

 「乃木坂のDVDが欲しい」とか言うんで
最寄のブックオフへ行ったらDVD発見。3枚組で値段は 2 万 。
中古で1万を軽く超えるとは思っていなかったようで買うのを断念。


 ついでなんで丸栄最後の鉄道模型展へ行くも
発券所への人の列を見て戦意喪失し撤退し松坂屋の北海道店で
セイコーマートのクロワッサンを買って
「ちくわパンとベーコンおかかおにぎり持って来いよぉ」と
思いつつも満足して帰宅すると家のテーブルにクロワッサン…。
あ…。
頼んでたんだった。

…みたいなことがありまして、2日連荘の丸栄&松坂屋行脚となりました。

 


 5日はSUPER BELL"Zとホリプロマネージャー南田祐介と
鉄道オタクのアナウンサーの久野知美が来るというんで丸栄へ。
トークショーは無料部分でやるとのことで行ってみたものの、
会場は大催事場の片隅で鉄オタらしい人垣で全く見えず。

 SUPER BELL"Zの演奏が終わり、
南田の「JRは好きかー!」と客に呼びかけとノリ悪く疎らに手が上がる。
「名鉄は好きかー!地下鉄は好きかー!」ちょっとずつ客のノリがよくなる。
「城北線は好きかー!」若干の躊躇と苦笑が起こる。
沿線住民でもまず使う人の居なさそうなマイナー路線だから。
「あおなみ線は好きかー!」では勢いを取り戻した。声も出てきた。
ノリへの理解度が上がってきてる。そう。適当に反応すればいい。
「ゆとりーとラインは好きかー!」に、
俺は(南田わかってるじゃん!!)と拳を突き上げる。
とりあえず腕上げとけと手を上げた客らのツラに?マークが浮かんでるのを見越して
「あれは専用軌道を走る鉄道ですから」と解説も忘れない。
この人、鉄道タレントよりよっぽど鉄道タレントじゃん。
マネージャー業より各地のイベント回ってる方がメインじゃないの?

 余談だが名古屋ガイドウェイバス ゆとりーとラインは
『専用高架を走るバス』と思われているが、
ガイドローラーを側面の線路に当てて走る鉄道でもあって
運転士にはバスを運転する大型二種に鉄道の運転免許も要るとか。
 かつて小牧市を走っていた新交通桃花台線に似ているが、
車体が一般道も走行可能なバスであることや
沿線にナゴヤドームやイオンモールがあるのも幸いして
桃花台線(15年半)より長生き(今年開業17年目)出来ている。


 以前の開催では屋上で大型の汽車の模型走らせたり
SUPER BELL"Zのライブやってたのになぁと屋上行ったら
今年はビアガーデンで使えなかったみたい。
なんせ丸栄は6月に閉店するから
鉄道模型展も最後の開催ならビアガーデンも最後の開催だもんね…。
お陰で鉄道模型展なのに葬式鉄が押し寄せてんじゃないの??
エスカレーターに向かうと後ろから
スレンダーな白人女性とその子供だろう男の子2人がウロウロ。
ドクターイエローの玩具買ってもらって上機嫌っぽい。
母親はおとなしくして欲しげに時折窘めるが簡単に止まるわけもない。
巻き舌気味の発音だからロシア語だろうか?
駆け回るお子様がぶつかりそうで足を止めてやり過ごし、母親の方も先へ行かせる。
俺より頭1つ分背低くて頭ちっちゃくて腰の位置が俺と変わらん…。
ヒールで盛ってるに違いない!と足元見たら
靴は学校の上履きみたいにぺったんこ。足どんだけ長いの…。
…モデル体型の人の存在はスタイル悪い人間にダメージになるよね。
 エスカレーターの手すりの上に
ドクターイエローを這わせて電車ごっこするお子様たちを
微笑ましく、でもどこか妬ましく思いながら眺めてた。

 

 松坂屋美術館の『追悼水木しげる ゲゲゲの人生展』へ。

水木しげるの本名は武良茂。
幼い頃に近所の祈祷師の婆さんに妖怪の話を聞いて育ち、
絵を描くのが好きで港を往来する船を眺めては描いていたとか。
そんな子だからか当時は珍しかった油絵の具を13歳ほどで買い与えられ
展示されてた通知表も図画工作に相当する評価だけは
10段階評価でほぼ10というほど絵を描くのが得意な子だったみたい。
当時の風景画は印象派絵画っぽいのは
矯正視力でない近視の裸眼で描いたからだろう。

 21歳の時に兵役検査は甲種でなく乙種合格だったが
戦況悪化で本人の想像以上に早く徴兵されることに。
その頃の手記は飄々とした爺さんの印象と違い、
世間とどこかズレた自分がこの時代でやっていけるか?と言う不安を


「この時代に合わせなければならない。そうしなければ死ぬより苦しい」


そんな諦観に近い言葉で記している。
権力者の暴力が幅を利かせる世界、死ねば楽になれるとも読める箇所もあった。
終わりの見えない生き地獄、楽園の扉は苦難を堪えた後に開かれるとは言うが、
軍国主義の時代の空気になじめず苦悩している様は
やはり現代を生き抜いた『妖怪』も人間だったのだと思える。

 訓練所でも他者とやっていけそうにないと思われていたのか
上官も外地へ送るつもりはなかったが会話の選択肢を間違えたかのように
運悪く送られることになったみたいな感じに描かれていた。
南方戦線に送られパプアニューギニアで自分以外全滅。
なんとか他の隊と合流するも敵襲で左腕を失う。そして終戦。
捕虜収容所で本土へ戻るのを待つ中で現地民と交流をし、
この地に里心がつき「残りたい!」と言い出して軍医に窘められたとか。

 復員するも様々な仕事をしてはうまくいかない。
それでも絵を描いて生きたい!と武蔵野美大へ(でも中退)。
神戸で借金つきの安宿を買う。

安宿をアパートに改装し
垂水区水木通にあったので屋号を「水木荘」に。
それがペンネームの『水木』のきっかけ。
入居者に紙芝居制作に関わる人が居て
そこから紙芝居作家になりその後、大家業は辞めてしまう。

 貸本の漫画作家を経て漫画家へ。1965年、講談社から賞を貰う。

 

『ゲゲゲの鬼太郎の水木しげる』って感じになるのは
展示室内唯一の撮影可能箇所、

極貧時代の住まいのセットを越えた辺りから。

 

 

 絵に関しては、
初期、戦前はクレヨン画みたいな主線で物を描く感じで
特に戦後、斜線を多用するようなり

貸本漫画作家になった頃から独特な点描やカケアミの片鱗が出てくる。
技術力の進歩というより眼鏡で細かいものを見られるようになったから?
成長が遅かったのや勉学が苦手だったのも目の問題があったのかも?

 

 色彩感覚は現代は色鉛筆や絵の具に肌色(ペールオレンジ)があるし、
漫画やアニメのせいで顔に緑色を入れるのは極めて珍しいのだが
西洋絵画では皮下の静脈を緑色で描くのでは普通のこと。
独学で、それを13歳で出来ていると思うと色彩感覚は高いと思う。
後年、黒のベタ塗りの隙間を淡い色で塗って黒ベタの隙間を埋めている。
淡い色が多いので同系色グラデーションより色相環を意識した配色。
一般的に目に映る色ではないだろう色を選択して
それらしく見せてるので色彩感覚は間違いなく高い。


 生原稿もたくさん展示されていた。
スクリーントーンは1970年くらいから使ってる箇所もあるが
あまり好きじゃなかったのか満足出来るトーンがなかったのか…。
いや、点描とカケアミを多用し続けているのは同時代の作家も同じか。
劇画調の作品や目の大きな少女マンガを描いてた時期もあったのは驚き。
ずっと妖怪を描いてる芸術家肌の作家でなく、
糊口をしのぐ為に何でも描いてた時期があったんだから
何でも描いてておかしくないんだけど作風違い過ぎて…。

 

 最後に著名人らの水木しげるへの感謝を記した絵馬型の色紙。
京極夏彦、さかなクン、藤子不二雄A、手塚治虫の息子の手塚眞。
生前に鬼太郎を演じた野沢雅子、戸田恵子、松岡洋子、高山みなみ。
野沢雅子は今の鬼太郎を見守り支える目玉おやじを演じて
次代の、沢城みゆきの鬼太郎を見ていると思うと
教訓めいたダークファンタジー作品だった鬼太郎は
再アニメ化の際にヒーローものとなり、

作者がなくなっても時代と共に生きる、

元の形と変わった作品になったんだな。


 戦中に生きた人の葛藤、
傷痍軍人の両親は息子がどんな職に就けるか悩んでいたり
ドラマで紹介された極貧時代…。
全く知らなかった一面、特に戦中の文学青年時代は興味深かったし、
どうしてもアニメの印象に引っ張られて
水木しげる本人の絵柄も子供には不気味なもので受け入れがたかったが
大人になってその技法に注目すると、独特の感性を持った芸術家だと感じられる。
美人キャラの絵もマジで美人(特に侍と町娘のやつ!)だし、
池上遼一とつげ義春をアシスタントにしてたのは
名前だけ見ると違和感(特に池上遼一に)あるが、
展示されている劇画作品や原画やカラーイラストを見ると納得する。

 「つげ義春って誰?」って他の客が呟いたのを
(コレ知らないのかよ…、俺もこのコマしか知らんけど)と
腕を掴むようもう一方の手を当ててっちの方を見たら
そのお連れさんも同じポーズ取ってて、「「ですよね?」」と、互いに苦笑し合いw
 美術館の中では静かに見るよう注意書きもあったが
芸術鑑賞は感情や知識の発露で、言葉で鑑賞のポイントを伝え合って

作用し合って審美眼が高まると思うのだがなぁ…。

見識を広げ合うことで次の展覧会が楽しくなるだろうに
美術館がそれを許さないのなら話題性の高いものをかけては衆目を釣る

見世物小屋でしかなくて芸術鑑賞は衰退していく文化になっちまうよね。

まぁ名古屋ボストン美術館も今年度限りだそうだし、

美術館が芸術を見る人を増やす道筋を立てられないのだし潰れるのも仕方ないか。

 

 

 1時間半近く会場に居たと思う。それだけ見応えのある展覧会だった。
見応えあり過ぎてハシゴしようと思ってた妖怪・ミイラ展見てたら
少し長くなってきたとはいえ日が暮れるんで諦めたよ…。
ポスターのミイラがキモくて入る気もなくなったよ…。
来週の今頃にはすっかり気を取り直して
薄ら笑い浮かべてミイラを撮る俺がいるかも知れんがw