新旧かなづかいの怪 文字を制するは国家を制するのだ | 標葉工房電脳帖

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「地震」が「ぢしん」ではなく「じしん」であるのはなぜですか?

それは74年前の国語改悪の結果です。終戦の翌年1946年11月26日に、占領軍の実質的後押しを得てほとんど審議もされずに強行された「現代かなづかい」の公布に起因します。(この時、漢字全廃へ向けた動きの一環として、いても良い「当用漢字」も公布されています。後に常用漢字として方向転換して増加傾向)。

 

歴史的仮名遣いでは何の迷いもなく単漢字の読みをそのまま適用できます。しかし、戦後の新仮名遣いではこのような新しいルールを後付けして矛盾を覆い隠しています。すなわち、

  • 二つの言葉の連なり(=連合)で生じた「ジ/ヂ」「ズ/ヅ」は「ぢ」「づ」と書く。

何のことだかさっぱり分かりません。現在の文化庁でも下記のURLでゴチョゴチョ、つべこべ言っていますからご覧になってください。訳が分かりません。結局、昔のとおりに歴史的仮名遣いで書けばよいのです。或いは、お使いのPCで入力IMEが提案するとおりでもよいでしょう。

歴史を振り返ると、明治維新後に日本語を改革しようという動きが出てきました。言語の面では後の文部大臣森有礼の日本語を排して「英語を国語に」すべきという論、英語の僅か26文字に幻惑されてしまった「ローマ字派」と漢字全廃論の「かなもじ派」は二大潮流となって戦後にまで続きます。一時期は官主導で改革が進められそうになりましたが、森鷗外、与謝野鉄幹、与謝野晶子、佐藤春夫、芥川龍之介などの大反論にあって歴史的仮名遣いが守られました。

 

ところが敗戦により、米国による文化的な「日本潰し」方策の一つとして一旦は日本語を徹底的に破壊する方針が下されましたが、国語学者の金田一京助、カナモジカイの松坂忠則、ローマ字協会の佐伯功介、作家の山本有三、国語協会の石黒修などの主導で改革(改悪)が進みました。この頃、志賀直哉が日本語全廃、フランス語を国語にすべしという提案をしたことなどが話題になりました。日本語の全廃は免れましたが、主導したのが当時の文部省文化庁の國語審議会に近い極めて熱心な上述の國語改革論者たちでしたし、國語改革のことなど国民が知らない大混乱の時期でしたから、反論の余地もなく「当用漢字」と「新かなづかい」が公布されてしまいました。(萩野貞樹著『旧かなづかひで書く日本語』)

 

一見正当論に聞こえる「いま聞こえるとおりに書こう」という表音派と、「曽てそう聞こえた読み」を先人への敬意を持って敢えて継承してきた歴史的仮名遣い派の対立でした。74年前に前者が勝利し、多くの矛盾を抱えた仮名遣い、送りがな、簡略漢字が席巻しているのが日本の現状です。