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頼れない

前の続きになるかもしれないが…

子供の頃から、親を頼れない、頼ってはいけない、と心のどこかで思ってた。
思い込んでた?
それがいつしか他人を、人を頼れない。
頼らなければ、なおさら頼れない。

それは結婚してからもそうだったかもしれない。
今思えば、旦那さんを頼っていなかった。
なぜ頼らなかったか…
自分で全てを決断できてしまったから。
頼れないから決断しなくちゃいけなかったから?人を頼ることが出来ないから。

卵が先か、ニワトリが先か。

それは、旦那さんだけではなく大人になってから親に何かを相談することはなくて、病気の治療も手術も、仕事のこと、生活のこと、離婚も全て自分で考え決断してきた。
幸か不幸かはわからない。
わからないが後悔はない。

実際相談したところで何かが変わるとは想像できなかった。




ネットを見ていたら、「子供の頃にしっかり甘えることをしていないと人を頼ることができなくなる」と書いてあるのを読んだ。

これだ、と思った。


卵が先か、ニワトリが先か。


親に甘えることをしていない。
親に甘えたことは殆どない。
逆に甘え方を知らない。
甘え方を知らない子供は、大人になると人を頼ることを知らないのだろうか?
専門家ではないので答えは出せない。
出せないけど、経験から、そうかもしれないと思うのだ。


私は男性に甘える事が出来ないので、自分で可愛げのない女なんだろうと思っていた。

生まれて初めて異性と認識するのは父親なわけで、父親を異性と認識して、その父親に甘える事が出来ないまま大人になると男性に甘える事が出来ない女となるのではないだろうか?
実際思春期の私は父親を拒否して避けてた。その距離感がまた甘えられない、頼れない気持ちを大きくするのでは?


卵が先か、ニワトリが先か。


その父親を選んで生まれてきたのは私。
その学びを選んで生まれてきたのも私。


思ってた通りの人生


先日思い出したことがある。


子供の頃からずっと思ってた。 
「なんでも出来るようになりたい」と。  

小学6年生の時「明日運動会の練習をするから体操服を洗っておいて欲しい」と母に頼んだ。商売をしていた我が家。母は疲れて寝てしまい翌朝母に聞いたら「忘れた」と聞かされ、その時から自分の物は自分で洗濯をするようになった。

料理もそう。
掃除もそう。
テレビ等の配線や部屋の家具の移動やらなんやら、若い子はやれないこと、女性が出来ないこと、それらはひと通りやれるようになった。


色んなことが自分で出来るようになると、今度は「色んなことを経験したい」と思うようになった。

結婚、離婚、病気。
あとはなんだろう…
事故を経験していないなって思ってたら、先日事故を起こしてしまった。


その事故でもいくつもの偶然が重なり、色んなことを気づかせてもらえた。



ここ最近の「気づき」はすごい。
忘れていた昔の思考や行動が歯車が合うように、バラバラだと思ってたことが実は関連性があったのだと気づく。


全てはベストタイミング。

本当にそうだと思う。

人疲れ

休日に仲のいい友達と、楽しい休日を過ごしても翌日何だかお疲れの時がある。
なんでかな?と考えてみた。

頭に浮かんだ言葉が「人疲れ」
「人疲れ」ってなに?

楽しかったし、充分した休日だったよ。
でも、疲れた。


人と会うこと、
待ち合わせすること、
長時間一緒にいること、
そもそもここが疲れるんだな、きっと。

人と関わるのが疲れちゃったんだな。

別に生きるの嫌とか、
人と会話するの嫌とか、
社会生活できないとか、
それはないのよ。

1人でボーッとしたり、
1人でふらふらっと出かけたり、
そういう時間がないんだね。  

例えペットであっても、
ご飯あげなくちゃ、
おトイレ替えなくちゃ、
な~んて考えたらボーッとは出来ない。



わたし、疲れてるんだ。
心が疲れてるんだ。
周りの空気に振り回されて、
周りの空気を読みとってしまって、
周りの空気に流されるんだ。


誰も、何もない空間が欲しい。



予定を詰め込み過ぎずにのんびりいこう。