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新人ライター奮闘記

自分は今、制作会社に企画要因、プロットライターとして参加しています。

ブログには、プロデューサーとの打ち合わせや企画書の書き方についても書いていきたいと思います。


また、「文章の書き方」、「企画の見つけ方」なども書いて行きたいと思います

かつて、サスペンス映画の神様、アルフレッドヒッチコックはこんな事を言った。

「サイレント映画を撮れない映画監督は、映画監督ではない!」


映像の力を全面的に信じたヒッチコック監督らしい言葉だ。

二十世紀の誕生と共に生まれた映画は、当初、音がなかった。

よって、当時の映画監督達は、音やセリフに頼らない表現を考えなければならなかった。

そんな音がない時代の映画を、サイレント映画と言うのです。


想像してみてほしい。

たとえば、就職活動中の青年が面接を受けるために会社に入って行く。

意気揚々と自分の志望動機を話す青年だったが、面接官はまったく相手にしてくれず、それどこらかバカにするような発言までしてくる始末だ。

青年は悔し涙を目に浮かべ、帰って行くのだった。


と、このような場面を「ワンシーンで、しかも音とセリフ無しで表現してください」と言われたら、あなたならどんな芝居を描くだろうか?


セリフが可能であれば、とりえずセリフで表現する方法が思いつく。

「ちきしょう、あの面接官、バカヤロウだ!」とか、「あいつらには、俺の世界観は解らない!」とか、そんなセリフを言いながら、青年が「面接会場」と書かれた看板が置いてある会場から出てくれば、面接官にバカにされた事を観客に伝える事が出来る。

しかし、セリフが使えないと話しは別だ。

青年が怒っている事は、芝居で伝える事が出来るけれど、何に対して怒っているかまでは伝える事が出来ないからだ。

こんな時、サイレント映画の監督達なら、こんなふうに表現するかもしれない。


「面接会場」と書かれた看板が置いている会場から出て来た青年は、イライラしながら煙草を吸う。

その瞬間、青年の脳裏に、ゲラゲラ笑う面接官の憎らしい口元が思い出されて来る。

思わず青年は、会社の名前が書かれたプレートに、ギュツとタバコを押しつけてしまうのだった。


こうすれば、青年が面接官にバカにされて怒っている事が観客に伝わるのではないでしょうか?

ちなみに、青年の脳裏に描かれる面接官は、OLという表現方法を使って表現します。

もちろん、この表現がベストだとは思いませんが、「もしセリフ無しで表現しなければいけなかったらどんな表現を使うか?」と、想像してみると、芝居に無駄と説明セリフが無くなるので、自分も作品を書く時に心がけるようにしているんです。


こんなふうに、「もし音が無かったら?」と想像するだけで、表現の幅が広くなって来る。さぞ、サイレント期の映画監督達は、毎日、ワクワクしながら、映画を作っていたのではないだろうか。


しかし、百聞は一見にしかず。

言葉や文章で説明されても、いまいち、想像できない人もいるはずですよね。




新人ライター奮闘記


そんな人は、この映画を観てみてください。



DVDでサイレント映画を観るのは、面倒な人、マニアックな映画館にいまいち行きたくない人、今がチャンスです。


ぜひ全国劇場系の映画館で、サイレント映画を堪能してください。








4月に入り、新社会人の方を街中や駅で見かける機会が多くなって来たような気がする。


新しいスーツと不安そうな顔を見て、周囲の人達が「あっ、新社会人だな」と、解ってしまうのだ。

そして、その不安や緊張感は、誰しも覚えがある事なんだと思う。


僕は専門学校を卒業してから、ずっとフリーランス、フリーライターとして仕事をして来たので、会社に就職し、正社員になった経験はありません。

しかし、締め切りを守るために胃がキリキリする思いを味わったり、自分が書いた作品に厳しい意見を言われ落ち込んだりする経験をする中で、正社員の方と同じプレッシャー、重圧を知っているつもりです。


きっと、そのプレッシャー、重圧の中には、「自分が社会の中で通用するのか?」という強い不安、緊張感があるのではないでしょうか。


その気持ち解る。痛いほど解ります。

人によると思いますが、僕の場合、ライターの仕事をするうえで一番、不安を感じたり、緊張するのは、取材をする時です。


自分の興味のある事を聞きに行く時は、ウキウキしますが、興味のない事を仕事として聞きに行くときは気持ちが重くなってしまう。

何が一番、緊張するのかというと、相手に自分の興味のない気持ちがバレてしまうのではないかと思ってしまう事なんです。


インタビューや取材を頼むぐらいなんだから、相手はその道のプロです。

僕のような実績のない新人ライターの興味があるような芝居など、あっという間に見抜かれてしまう。

「あっ、こいつは興味がないのに、インタビューに来たな!」と、バレて、怒って帰ってしまったり、教科書通りの答えしか返してくれないかもしれません。


僕はそれを想像して、不安、緊張感を持ってしまう。

おそらく、似たような思いを、新社会人の皆さんも経験しているのではないでしょうか。


解決策は一つしかありません。


つねに、いろいろな事に興味を持ち、好奇心を刺激しておくこと。


これしかありません。好奇心を持って、つねに、いろいろな事に興味を持っていれば、わざわざ、興味のあるような芝居をする必要はなくなります。


僕は、前に書いた理由から、フリーライターの武器は、好奇心なのではないか?と思っていました。

しかし、それは何もフリーライターに限って言える事ではないんです。


企業で働く方達にも言える事です。


希望しない部署で働く事になってしまった人、運悪く人間的に好きになれない上司と巡り合ってしまった人。


ここは一つ、好奇心を武器にして、なんとか乗り越えてみようではありませんか?

自分の心に、好奇心さえあれば、知らないことがあるという事が、逆にワクワクして来るはずです。


僕はジャスト30歳ですが、フリーランスの世界では、まだまだ新人です。

未だ実績を残せていないことに、焦る毎日です。


しかし、何度でも、初心に戻って、好奇心を武器に、前進して行きたいと思っています。

我々には、避けられない事がある。


たとえば、働くこと。

働かざる者食うべからずという言葉があるように、働かなければ食べて行けないし、家賃も携帯代も払えません。


ここ数年、ニートの問題が取り上げられるようになりましたが、彼らも養ってくれる人達がいなくなれば、結局、自分達で働いて食べて行かなければいけないんです。

だから、やっぱり、働くことを避ける事は出来ないと言ってもいいのではないでしょうか。



しかし、生きていくうえで、働くことよりも、もっと避けられない事があるんです。

それは、働くこと、労働のように、一時的に逃れる事すら不可能な絶対的なものなんです。



働くことよりも、逃れられないこと。

それは、老いること


これだけは、今こうしている間にも、ゆっくりと進んでいるのです。

実は、働く事と老いることは、昔から、演劇、文学、絵画、そして映画などの芸術の分野が最も得意とするテーマでした。

絶対的に逃れることが出来ない普遍的なものが芸術や映画の世界にマッチしているという事なんでしょう。



今日は、そんな老いることを考えさせてくれる映画をご紹介しましょう。



小津安二郎監督作品



東京物語です。




新人ライター奮闘記


日本映画史に残る名作中の名作です。



ストーリーはシンプルなので、簡単に書くだけでもネタばれになってしまう可能性があるため、あえて書きません。

この映画が日本映画の名作として残っている理由は何なのでしょうか。


小津のローアングルとか、静から生まれる動の力とか、評論家は難しい事を言います。でも、僕はこの映画の魅力をこんなふうに表現したいと思います。



この映画は、世界一、素直で正直な映画です。そこが堪らなく魅力的なのです。



映画は、老いてしまった老夫婦を周囲の人間がどんなふうに接していけばいいのか戸惑う姿を丹念に描いています。

小津監督は、周囲の戸惑う姿を徹底的に描いて、けして手を抜くことはありません。



そのことで、映画の全編にわたって、

「老いて動きが遅くなってしまった機能的ではない人に、あなたはどんなふうに接するのですか?」、「邪魔だと思いませんか?」、「思わないと答えた人は本当にそう思いますか?」などの問いかけが観客の胸に突き刺さって来るのです。



静かな映画でありながら、綺麗ごとはありません。

どこまでも素直で正直な映画です。



皆さんにも、ぜひ感じてほしいと思います。