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新人ライター奮闘記

自分は今、制作会社に企画要因、プロットライターとして参加しています。

ブログには、プロデューサーとの打ち合わせや企画書の書き方についても書いていきたいと思います。


また、「文章の書き方」、「企画の見つけ方」なども書いて行きたいと思います

結婚相手に求めるものは? ブログネタ:結婚相手に求めるものは? 参加中
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結婚相手に求めるもの、それは「強さと優しさ」です!!

これは、何も結婚相手だけじゃありません!!単に付き合うというだけでも、僕にとっては重要です!!

「強さ」って言っても、何も喧嘩がめちゃめちゃ強いとか、そんな事を言ってるんじゃありませんよ!!

僕が言ってる「強さ」とは、精神的な強さの事です!!

たとえば、仕事をしっかりとやりながら、それなりの成果を出し、でもその事で偉そうにしたり、歩みの遅い人を馬鹿にしたりしない。むしろ、歩みの遅い人を助けてあげる人

そんな人が僕が異性に求めてしまうものなんです!!

えっ?そんな人いるわけないだろうバカヤロウですって?

はい、そうですね?なかなかいませんね!!そんな人
人間は男も女も妬み、嫉みが大好きで、醜い生き物ですよね!!

よく解かってます!!でも5年に一回ぐらいの割合で、出会う事があるんですよ!そんな強くて優しい女性に!!

僕が出会った最初の一回目を紹介します!!

中学2年生の頃、ある冬の事でした!!

中学の頃のクラスには、バカで不良っぽい奴が必ず一人はいますよね?やっぱり、うちのクラスにもいて、そいつはいつもクラスメイトとじゃれあって、いつも走り回っていました!!

そいつは、冬でもクラスメイトと追いかけっことかして、教室に出たり入ったり走り回るので、いつも出入り口に使うドアが開いている状態になるんです

つまり、ドア側の席の人は、そいつのおかげで、休憩時間中、いつも冬の寒さを
肌に感じていなければいけないわけなんですよ?解かってもらえます?

当然、開けたままでは寒いので、閉めますよね?そうすると、バカで不良な奴がまた走って来て、ドアを開けたまま、はしゃぎながら行ってしまう!!だから、また閉める!!でも、また戻って来て、また開けたまま!!

エンドレスです!!(笑)

これは、学生の頃、出入り口に使われるドア側の席になった事がある人なら、誰しも経験した事だと思うんです!!

クラスメイトとはしゃいで、追いかけっことかしちゃって、ドアを開けたままにする人が、よく話す友達だったら「あのさ、開けたままにしないでよ、寒いだろう?」とか言えるんだけど、ちょっとバカでしかも不良っぽいと、そう易々、注意したりできません

うっかり注意したりすると、何をされるか解かりません!!

他のクラスメイトも自分がドア側でない事を良い事に、誰も注意しません

そんな事で、冬になるとドア側の人は、我慢するしかなかったんです!!

しかし、そんな時、英雄が現れました!!

当時、学級委員を務めていた、Hさんと言う女の子です!!

Hさんは言いました!!「ちょっと、ドア側の人が困ってるでしょ?開けたままにしないで閉めてよ!!」

カッコイイ!!なんてカッコイイんでしょうか?

不良っぽい、訳のわからない奴に向かって、胸を張って注意する!!

その日から、僕は人に「タイプの女性は?」と聞かれると、「学級委員タイプの人」と答えるようになりました!!

Hさんとは、残念ながらお付き合いする事はありませんでしたが、今でも冬になると、ふと彼女のカッコイイ姿を思い出す事があります

恋愛も結婚もお互いに尊敬する気持ちが大事ですね!!

自己責任よ、これでさらばだ!!


2008年~2009年年末年始に「年越し派遣村」の村長を務めた湯浅誠さんという人を知っているだろうか?


冒頭の言葉は、彼が書いた「どんとこい、貧困!!」という本のパッケージに書かれている言葉だ


僕ら日本人は、責任という言葉がかなり好きだ!!


バイトでも契約社員でも正社員でも、何か問題があると、すぐに誰の責任だ!!責任者を出せと熱り立つ!!


責任という言葉に縛られている民族と言ってもいいし、毎日のように責任という十字架を背負っている



まず、湯浅さんは本の中で、その責任という言葉に我々日本人は縛られすぎではないか?という疑問をぶつけてくる!!


自分も湯浅さんの本を読む事で、「いったい今までどれだけの責任という名のプレッシャーを感じて来たのか?」という疑問を改めて持つ事が出来る


それだけでも、この本を読む価値がある!!そう言い切っていいほど今の僕たち、私たちに必要な本だと思う!!


湯浅さんは、本の最初の方で、今の日本社会をイス取りゲームに例えて説明している!!


「たとえば、十人に対して八つのイスがある。音楽が鳴っている間イスの周りをグルグル回り、音楽がやんだところでいっせいにイスに座る。

すると二人が座れない。これがイス取りゲーム」


座れなかった人に注目するならば、「どうしてその人が座れなかったのか?」と考えるようになる!!


そこで大きく分けて二つの考え方が出て来る!!


一つは「自己責任論」、二つ目は「構造的問題論」だ!!


一つ目の「自己責任論」は、「ちゃんと音楽を聴いてなかった」、「おしゃべりしていた」、「朝ごはんを食べてこなかった」などと言い、最終的に「本人の努力が足りなかった」とか「本人の責任だ!!」という結論に辿り着いてしまう。

だから「自己責任論」になる!!



二つ目の「構造的問題論」は、その逆で、必ずしも本人の努力が足りなかったからではなくて、そもそもイスの数が足りなかったからじゃないか?と考えてみる事だ!!つまり、社会のしくみに問題があるんじゃないか?と考えてみるというのが、「構造的問題論」なわけだ!!



湯浅さんは、今の日本社会は、もう少し「構造的問題論」を重要視してもいいのではないか?と訴えている!!


また湯浅さんは、「溜め」という言葉も使っている。


「溜め」というのは、その人が持っているセーフティネットの事。


つまり、お金(貯金)がある、人間関係(家族、友人、恋人)が充実している、精神的に元気でいるなどの、自分が困った時に頼れるもの、人がいるか?という問題だ!!


頼れるもの、人があるなら、その人は「溜め」がある人。

ない人なら「溜め」がない人。


そんなふうに湯浅さんは言っている!!



そこで、自分の溜めはなんだろうか?と考えてみると、一番は家族だ!!


今、僕はプロのシナリオライターを目指しているのだが、正直、実家にいるおかげで今の状態を続ける事が出来ている!!

昔からそうだった!!昔から家族に助けられて来た!!


家族がいなかったら、とっくにホームレスやネットカフェ難民になっているかもしれない


人より優れた能力があるわけじゃない、頼れる友人や恋人がいるわけじゃない、貯金だってそんなに無い



家族が最後の砦なのだ!!


これを読んでいる皆さんも、自分の「溜め」は何なのか?考えてほしい。



ちょっと長くなったので、今日はこのへんで止めておきます!

次回も「どんとこい、貧困!!」を題材に、今度は自己責任とうつ病について考えて行きたいと思います!!


出来れば、「どんとこい、貧困!」読んでください!!子供に向けて書かれた本なので、とても解かりやすいです!!


今回のブログは、完全に宣伝でした(笑)

「レスラー」という映画を見た!!


なんて素晴らしい映画なんだろう


これぞ映画の中の映画だ


映画はやはり、誰にも触れる事が出来ない、圧倒的な孤独、寂しさを描くべきだと改めて思わしてくれた


見てない人、ぜひ見てください