アルフレッドヒッチコック監督。
さほど、映画が好きじゃない人も、スピルバーグとチャップリン
そして、ヒッチコックの名前は知っているのではないだろうか?
「鳥」、「めまい」、「サイコ」など、今やサスペンス映画のお手本とされる映画を監督した偉大なる映画人です。
亡くなって、もう何十年と経っているのに、未だに映画ファンの好奇心を刺激して止まないヒッチコック作品。
なぜ彼の作品は、未だに観続けられているのか?
今日は、それを考えてみたい。
まず一つに、彼の映画がとにかく飽きさせない事を前提に作られているという事。
何か社会に伝えたい事があるとか、訴えたい事があるとか、とりあえずそういった問題は置いておいて、映画が始まったら最後まで画面に釘づけにする事だけを考えて作品を作っている。
だから、フランスのヌーヴェルヴァーグ映画人達が出てくるまで、ヒッチコック映画は評論家達から、「面白いけど、単なる娯楽映画を撮る人」と評価され、どことなくバカにされている雰囲気があったんです。
でも、そんな評論家達も面白いことは認めざる得なかった(笑)
昔の偏屈な評論家達をも認めさせた、ヒッチコック作品の娯楽性を支えていたのは、サスペンスの力を引き出すための「見せる」テクニックだったと僕は思います。
たとえば、皆さん、映画を観ていて、登場人物がこんなふうに喋っているのを観た事ないだろうか?
男「もうあの頃とは違うんだ。俺が野球界で4番でスターだった頃とは・・・・(悔しそうに)あの事故さえ起きなければ・・・・・」
こういうセリフは、ヒッチコック映画には、絶対に出てきません(笑)
つまり、これが有名な説明台詞ってやつなんです。
男は昔、プロで野球をやっていたけど、途中で事故にあって、辞めざる得なかったという事は、セリフを聞けば解ります。
だけど、あまりにも芸がない(笑)
ヒッチコックならどうするでしょうか?
僕は、セリフではなく、見せて観客に伝えたのではないか?と思うんです。
たとえば、男が元野球選手だと知らせるためには、男の部屋に野球をやっていた頃の写真を飾るという方法があります。
そして、部屋を見せた後に、足を引きずった主人公の男を登場させる。
こうすれば、元野球選手だったけれど、足の怪我で引退したんだなという事が観客に、セリフなしで伝える事が出来る。
このテクニックを、ある脚本家は、「語るな、見せろ」テクニックと呼んでいました。
「語るな、見せろ」テクニックって実に上手いネーミングだなと思ったんですけど(笑)、この「語るな、見せろ」テクニックを誰よりも上手く使いこなしていたのがヒッチコックだったと僕は考えているんです。
いや、僕だけでなく、世界中の映画人達が、ヒッチコックの「語るな、見せろ」テクニックにひれ伏しています(笑)
有名な「ヒッチコック映画術」の中で、フランスの映画監督、トリュフォーがヒッチコックの「語るな、見せろ」テクニックについて熱く語っています。
大きなパーティー会場で、Aという男がBという女と話している。
Bという女は、一生懸命に自分の息子について話しているのだけれど、Aという男の目線を追ってみると、AはBの太ももを気づかれないようにチラチラと見ている事がわかる。
さらに、今度は、Bの視線を追っていくと、Bは会場にいるCというモデル顔負けの美人な女のスタイルをチラチラと観察しているのだ。
この事から、2つの事が解ります。
Aという男は、Bという女に欲望を感じており、Bという女はCという女に嫉妬を感じているという事。
そして、ここでまた大事になって来るのは、やっぱり語っているのではなく、見せているという事なんです(笑)
「語るな、見せろ」テクニックを使っている。
この「語るな、見せろ」テクニックを知り尽くし、作品に反映させていたからこそ、ヒッチコック作品は、長く娯楽作品として愛されて来たのではないでしょうか。
他にも女優をきれいに撮ったとか、サスペンスという形式を借りて、人間の深層心理を描いたとか、いろいろ理由はあると思います。
しかし、テクニックという観点から考えれば、まず「語るな、見せろ」テクニックが挙げられるのではないかと思います。
皆さんも、映画を見ていて、登場人物が自分の過去についてベラベラ話し出したら、映画館でおもいっきり叫んでやってください。
「おい、おい、語るな、見せろ!」と(笑)
僕もシナリオを勉強をするうえで、ヒッチコックが教えてくれた、「語るな、見せろ」テクニック、忘れないようにしたいと思います。